浜野栗絵は都内の団地に住む主婦で夫の良介,
夫の父で義父であり最近ボケ気味の善次郎と3人暮らし.朝,
ゴミ出しをして戻ってくると都の分譲住宅の抽選に当たったという通知が来た.
そこへ良介が忘れ物をしたと言って戻ってきた.
分譲住宅の抽選には良介が応募したものだったが当たる確率は2600分の1.
良介は嘘だろう,と当たったことが信じられない様子だった.
しかし住宅の値段は6800万円.警官をしている良介には蓄えがなかった.
さて良介の忘れ物とは,
良介が帰りに買ってきた花柄のシルクのドレスを栗絵に見せることだった.
呆れかえる栗絵.とその時,
善次郎「あ,東亜タクシーかね.勝どき団地306号の浜野だがね,
そろそろ登庁の時間だからな,うん,ハイヤーを1台回してくれえ.」
善次郎がタクシー会社に電話をしていた.慌てて栗絵が受話器を奪い,
栗絵「お義父さん.もしもし,今の取り消してください.ええ.間違いなんです.
申し訳ありません.」
栗絵は電話を切った.
栗絵「お義父さん,勝手にハイヤー,呼んだりしないで下さい.」
善次郎は怒った.
善次郎「じゃあ,このわしに電車で出勤しろというのか!」
栗絵は呆れてしまった.
善次郎「いったい,誰がそんなこと言ってるんだ.
わしは警視庁長官官房の浜野善次郎だぞ.長官官房といえば君,
本庁内でも(指折り数えて)ナンバー3だ.」
良介「父さん,それはもう3年前の話でしょうが.」
善次郎「ん?」
良介「今は定年退職をして,ただの人.わかってる? た〜だ〜の〜ひ〜と!」
善次郎はやっと思い出したようだ.
善次郎「あ,そうかあ.退官したのかあ.ただの人か.」
善次郎は泣きべそをかいた.栗絵は,
またいつもの病気が始まったとうんざりした顔をした.しかし気を取り直して
栗絵「さ,さ,義父さん,ここ片付けますからね.
向こうの部屋でお茶飲んでください.」
栗絵は善次郎を隣りの部屋へ連れて行こうとした.
良介「じゃ,俺行って来るからね.」
そのとき,
善次郎「良介!」
良介「はい.」
善次郎「お国のために頑張るんだぞ!」
善次郎は敬礼した.良介も敬礼した.栗絵は呆れて良介の方を見た.
さて芝7丁目のビルの前で弁護士が男(片桐竜次)に撃ち殺される事件が発生した. 男は車で逃走.現場には良介が駆けつけ, 報道陣や野次馬が入り込まないように交通整理をした.
その晩.テレビのニュースを良介と一緒に見て栗絵は事件を知った.
良介は自分がテレビに映ったと大喜び.
そして布団の中で栗絵は家を買おうと良介に頼み込んでいた.
栗絵は自分が働こう,ホステスなんかいいなあ,と言うと,良介は,
警官の妻が水商売なんか駄目だ,と渋った.
狭いながらもこの家で十分だと良介が言うやいなや,
善次郎「気をつけ!」
良介「また親父の寝言が始まったあ.」
善次郎が襖を開け,電気をつけた.
善次郎「カイシャ右.」
栗絵「お義父さん.」
良介「いいから,いいから.」
善次郎「長官殿に敬礼.」
善次郎は敬礼した.良介も敬礼.良介に促されたので栗絵も敬礼.
善次郎「直れ.」
3人は直った.そして善次郎は電気を消し,襖を閉めて戻っていった.
栗絵「やだ,もう.やっぱり広いうちが欲しい!」
狸寝入りをする良介に栗絵はそうねだるのであった.
翌朝.食器を洗い終わった栗絵はお茶を飲まないかと善次郎に聞こうとしたが,
善次郎は家の中にはいなかった.すると善次郎が戻ってきた.
栗絵「お義父さん,困りますよ.勝手にお出かけになっちゃあ.」
善次郎「ああ,すまん,すまん.あ,栗絵さん,あんたに手紙が届いてる.」
善次郎は栗絵に封書を渡した.
栗絵「私に?」
表には「〒104 中央区東勝どき 1-7-12-2-306 浜野栗絵様」と書かれていたが,
裏には何も書かれていなかった.そしてワープロで書かれた文書が入っていた.
文面は「急啓 本日 午後三時 下記の場所へお越し頂く,
まずはお願いまで ゴッド代理人」となっていた.
栗絵「ゴッド代理人.」
そこへ善次郎がやってきた.
善次郎「栗絵さん,昼ご飯まだかね?」
栗絵「やですわ.さっき食べたばかりではないですか.」
善次郎「あ,そうか.」
栗絵は高校時代の同窓会があるので出かけると言った.
申し訳ないが昼ご飯は店屋物にしてくれ,と栗絵が言うと,善次郎は,
肝吸いつきの鰻重の松を食べたい,と言うのであった.
栗絵は指定された場所,佃島の隅田川の川岸へやってきた.
するとベンチの下に置かれた箱の中からベルが鳴るのが聞こえてきた.
栗絵が箱を開けると,
中には(現在はKDDIに吸収された)IDOの携帯電話が入っていた.
この当時の携帯電話はとても大きい.それはともかく,栗絵は電話に出た.
栗絵「もしもし.」
ゴッド「久しぶりだな.」
栗絵「ゴッド!」
ゴッド「早速だが,
君がリーダーになってもう一度ハングマンを結成してもらいたいんだ.」
栗絵「ハングマンを?」
ゴッド「すでにメンバーは二人押さえてある.
ケースからファイルを取ってくれ.」
栗絵はファイルを取り出して中を見た.
ゴッド「美山恵子.26歳.海外で諜報活動をしていたことがあるが,経歴は不明.
現在は芝浦のレストランバーのオーナー.コードネームはケイ.」
続けてゴッドはもう一人のメンバーについて説明した.
ゴッド「次のページを見てくれ.林智代.36歳.
機械いじりの大好きな女で自分でリサイクルショップを経営している.
コードネームはクロック.勿論,この二人だけでは心もとないんでね,
もう一人ぐらいメンバーを補充しようと思ってるんだが,
その人選は君に任せる.」
ゴッドが一方的に喋るので栗絵は困惑していた.
栗絵「あのう.」
ゴッド「あ,そうそう.君の新しいコードネームはマロンだ.」
栗絵「ちょっと待ってください.あたし,まだ決めたわけじゃ…」
ゴッド「マロン,金が要るんだろ.分譲住宅の購入資金.」
ゴッドの言葉を聞いて栗絵は驚いた.
栗絵「なぜそれを?」
ゴッドはその問いには答えなかった.
その理由を栗絵は事件解決後に知ることになるが,それは先の話だ.
ゴッド「とにかく,それに見合うだけのギャラは払うつもりだ.
今後,私との連絡は代理人を通じてやってくれ.アジトはケイの店を使うように.
キーカードはファイルに入れてある.じゃ,健闘を祈る.」
電話は切れてしまった.栗絵ことマロンはキーカードを手にして,
ハングマンに復帰する決心を固めるのであった.
その帰り,栗絵は同じ団地に住む若い女性,中沢千明とすれ違った.
彼女はピンク色の服を着て自分の勤める風俗店へ向かう途中だった.
そして千明は店の前で伊藤(粟津號)という客に結婚してくれと迫られた.
千明は公園に連れ出されたが,きっぱりと断った.
怒り狂った伊藤はナイフを手にして千明に襲い掛かってきたが
千明に軽くあしらわれ,投げ飛ばされてしまった.その一部始終を見ていた栗絵,
いやマロンは千明に声をかけた.
マロン「あなたに折り入って頼みたいことがあるんだけど.」
マロンは千明をある喫茶店に連れて行った.
千明「面白い仕事?」
マロン「今の仕事よりはずっとスリリングで刺激的な仕事よ.」
千明「ひょっとして,やばいこと?」
マロン「やばい?」
千明「薬の運び屋とか.」
突飛な事を千明が言うのでマロンは笑った.
マロン「そんなんじゃないわ.仕事そのものは世の中のためになることよ.」
千明「そう.うーん,あたしも今の仕事は飽きてきちゃったし,
そろそろデューダしようかなって思ってたんだけどね.」
本放送当時は「デューダする」という言葉が流行っていた.
転職するということだ.
マロン「ちょっと冒険するつもりでやってみない?
あなたのように若くて生きのいい人が是非欲しいの.」
千明「うーん,お金になるんですか? その仕事.」
マロン「もちろん.その代わり多少の危険は伴うけど.」
千明「この際だから,奥さん信用しちゃおうかな.」
マロン「じゃあ,引き受けてくれるのね.」
千明「はい.」
その晩.善次郎は将棋盤をいじり,詰め将棋をしていた.
良介はネックレスを取り出し,栗絵に見せていた.
良介「あのほら,お花畑のスーツに似合うと思わない?」
のんきな良介は嫌がる栗絵にネックレスをさせようとした.
そのとき,呼び鈴が鳴った.
栗絵「はい.」
栗絵がドアを開けるとやってきたのはお寿司屋さんだった.
寿司屋「あ,毎度どうも.辰巳寿司ですけれども上握り10人前,
お届けにあがりました.」
栗絵は呆気に取られてしまった.
栗絵「うちは頼んだ覚えないけど…」
寿司屋「いえ,確かにこちらの旦那さんから,ご注文を.」
栗絵は驚いた.
栗絵「えー.お義父さん.」
寿司屋「2万2千円になります.」
栗絵「ああ,はい.」
栗絵は良介を呼んだ.
栗絵「あなたー.ちょっと.」
良介「どうした?」
栗絵「あなた.」
良介も呆気に取られて二の句が告げず,黙って寿司桶を受け取った.
そしてテーブルに10個の上握りの寿司を並べながら,栗絵と良介は溜息をついた.
そこへ善次郎がやってきた.
善次郎「おー,来た,来た,来た.」
良介「父さん.困るんだよ.勝手に寿司を10人前も頼んじゃあ.」
善次郎「何を言っとるんだ.今夜わしの部下がここに10人集まって,
緊急捜査会議を開くことになっとるんだ.」
呆れた良介はこう言った.
良介「あ・の・ね・え,3年前にお父さんは退官して…」
栗絵は良介に「言っても無駄だ」と合図した.
良介「しょうがねえか,言ってもなあ.」
善次郎は良介を無視して寿司を数えている.
良介「父さん,食べよう,食べよう.ほら.」
だが
善次郎「こら待て.まだ捜査会議は開いておらん!」
良介は苦い顔をしながら言った.
良介「あのねえ.(指折り数えながら)1, 2, 3年前に退官して,
お父さんはただの人なんだからー.」
善次郎は良介を無視して寿司を食べ始めた.そして,こう叫んだ.
善次郎「んー,うまい,うまい,うまい.うん.
辰巳の上寿司はやっぱりうまいなあ.うーん.うん.」
善次郎はそう言いながら,寿司桶を重ね始めた.
良介も栗絵も寿司をつまみ始めた.良介はしみじみと涙目になって言った.
良介「栗絵,今夜の夕食はゴージャスだなあ.」
栗絵も泣きながらうなずいた.
良介「お前が泣くことはないだろうが.」
次の日.マロンは中沢千明ことピンキーを伴って,
ケイの営むレストランへ向かった.
マロンは栗絵の時とは違ってメガネを外しており,服も栗絵の時より派手だ.
中ではケイとクロックが待っていた.
ケイ「お待ちしてました.」
マロン「はじめまして.浜野栗絵です.コードネームはマロン.よろしく.」
クロックはお辞儀した.
ケイ「ゴッドから聞いてます.
以前,ハングマンのリーダーをなさっていたそうですねえ.」
マロン「ええ.」
ケイ「私は美山恵子.コードネームはケイ.」
クロック「林智代.コードネームはクロック.」
マロン「新しいメンバーを紹介するわ.中沢千明さん.
コードネームはピンキー.」
ピンキー「よろしく.」
ケイ「こちらこそ.」
ここでマロンは仕事の話に入った.
マロン「ゴッドからメッセージ入ってる?」
ケイ「はい.」
一同,椅子に座った.ケイがコンピュータを操作し,
ゴッドからのメッセージを表示させた.
ゴッドからの指令は「弁護士狙撃事件の真相を暴け」だった.
マロン「弁護士狙撃事件?」
ケイがコンピュータを操作するとプリンターに資料が出力された.
ケイは資料を読み上げた.
ケイ「4日前に芝7丁目の路上で発生した弁護士狙撃事件の犯人を割り出し,
その背後関係を暴いてもらいたい.」
ケイはマロンに紙を渡した.続けてケイは,
ディスプレイ(さっき指令が表示されたディスプレイとは別物だ,
ということに突っ込んではいけない)に殺された弁護士の写真を表示させた.
ケイ「殺されたのは中央弁護士会に所属する弁護士奥村孝夫,43歳.
事務所と自宅の住所はここです.」
ディスプレイに奥村のデータが表示された.妻の名前は桂子で子供はなし.
事務所は中央区南銀座1-7-3,自宅は世田谷区岡本町3-3-20.
それを見たマロンは指示した.
マロン「早速ですけど,ケイ,奥村弁護士の事務所探ってもらおうかしら.」
ケイ「はい.」
クロック「あ,そうそう.」
クロックが道具を取り出した.
クロック「これ作っときましたけど.ロック解除装置.
これがあればどんな鍵だって簡単に開けることができるわ.」
この装置,エジソンも作っていたような気がするぞ.
マロン「まあ,手回しがいいこと.」
ケイ「早速役に立ちそうね.」
マロン「クロックは奥村弁護士の家族を当たってもらうわ.」
クロック「了解.」
マロン「ピンキーはしばらくここで連絡係をしてもらう.」
ピンキー「OK!」
こうしてハングマンは活動を再開した.
クロックは中央弁護士会事務局の林田と称し,奥村の未亡人桂子の家を訪れた.
クロックは桂子に事件の心当たりはないかと尋ねた.
奥村は公害問題を追及したり,マルチ商法を糾弾したり,
不正な土地転がしを摘発したりするなど,
正義感の強い男で社会派の弁護士とでも言うべき男だった.
それだけに敵も多いようだった.桂子にも詳しいことはわからなかったが,
ここ数ヶ月,嫌がらせの電話や無言電話を頻繁に受けていたのだ.
出すぎた真似をするなとか,命の保証はしないとかいう電話を受けていたのだ.
しかし奥村はいつも笑って聞き流していたという.一方,
ケイはロック解除装置を使い,奥村の事務所に忍び込んだ.
警察が調べた後だったのであまり収穫はなかったが,
それでもエトワールという会員制クラブの会員証をケイは発見した.
ケイはアジトから(今はKDDIに吸収合併された)IDOの電話で栗絵の家に電話し,
会員制クラブの会員証を発見したことをマロンに報告した.
クロックの調べによると,奥村は下戸だという.
ちなみに僕ちゃんも下戸で甘酒を飲んだだけで酔っ払ってしまう.
そんな下戸の奥村が会員制のクラブに出入りするのはおかしい.
マロンはそこに潜り込むことにした.そしてケイに何か指示した.
ケイ「ピンキー.」
ピンキー「はい.」
ケイ「あなたの出番が来たわよ.」
ピンキー「え? ああ,はい.」
その夜.マロンはピンキーを連れてエトワールに向かっていた.
マロンは和服姿.ピンキーは真っ赤なワンピースを着ている.なんと偶然にも,
その辺りを良介が巡回していた.そして引ったくりを追いかけている最中,
良介はマロンを目撃した.
良介「栗絵?」
マロンは良介には気がつかなかった.
マロンを見て立ち止まっていた良介は同僚に促されてそこを去って行った.
さてマロンとピンキーはエトワールに着いた.マロンは奥村の会員証を見せ,
奥村の紹介でやってきたと言って,ピンキーと一緒に中に入ることに成功した.
マロンはどこかの店のママと称して支配人に奥村の話を聞いた.
奥村はいつも一人で来ていたが,
来たときはいつも山口や田代という男が後からやって来て打ち合わせをしていた,
と支配人は答えた.すかさずピンキーがこう言った.
ピンキー「ねえ,支配人さん.
今度うちの店で奥村先生の追悼パーティーをしようと思ってるんですけれど,
山口さんとか田代さんの住所,わかりません?」
これに騙された支配人は
支配人「少々お待ちくださいませ.会員名簿,調べてまいります.」
支配人が去るのを見て
マロン「ピンキー,なかなかやるじゃない.」
ピンキー「最近の風俗産業も客の奪い合いやってるから,
あたし結構こういうの得意なんですよ.」
マロン「そう.」
支配人が会員名簿を持ってきた.これにより,
奥山が南東京生活情報センター理事の田代精二と,
東都日報社会部記者の山口正幸と会っていたことがわかった.
翌朝.良介は栗絵をジーっと見ていた.
栗絵「なあに?」
良介「ん?」
栗絵「何よ.あたしの顔になんかついてる?」
良介「いや.しかしいるんだねえ,世の中には瓜二つの人間が.」
栗絵「ん?」
良介「夕べ,街で君にそっくりな女の人をみつけたよ.」
これを聞いた栗絵はのどを詰まらせてしまった.
良介「と言っても君よりはちょっと落ちるけどね.」
栗絵は笑ってごまかした.
栗絵「私のがきれい?」
良介「そりゃそうだよ.ブランド商品だって,
偽物より本物の方がグレードが高いだろう.それとおんなじだよ.
君の方がずっときれいだよ.」
栗絵は喜んだ.栗絵は正体がばれなかったので安心して喜んだのだが,
良介は別の意味に取ったことだろう.
栗絵「ありがと.お義父さん,お茶入れるわね.」
そのとき,呼び鈴が鳴った.
栗絵「あら,誰かしら?」
突然,善次郎が叫んだ.
善次郎「ん! わしが出る.」
嫌な予感がしたのか
良介「いいよ,父さん.」
善次郎「わしが出る!」
玄関へ出て行く善次郎を見ながら
良介「大丈夫かな?」
栗絵「大丈夫よ.あんまり気を使うのもかえって良くないんじゃない.」
善次郎がドアを開けてこう叫ぶのが聞こえた.
善次郎「いよう,久しぶりだなあ.さあ,さあ,遠慮しないで入りたまえ.
さあ.あー,あー,上がれ,上がれ.さ,いいから,いいから.」
善次郎はやって来た男(笑福亭鶴光)を強引に連れ込んだ.
男「お邪魔します.」
善次郎「あのなあ,わしの部下の高田君だあ.」
それを聞いた栗絵,良介,そして男は怪訝な顔.
男「は?」
善次郎「飯でも食わしてやってくれえ.」
良介「父さんの部下?」
男「あ,あのう.」
だが善次郎は男の言葉を遮ってこう言った.
善次郎「いやあ,久しぶりだなあ.さあ,遠慮せずに座ってくれ.」
男「いいんですか?」
善次郎「うん.うん.さあ,さあ,さあ.」
男は椅子に座った.呆気に取られる良介.ムッとした顔の栗絵.
善次郎「いやあ,久しぶりだねえ,君.刑事局長は元気でやっとるか?」
男「あのう…」
善次郎は強引にこう言った.
善次郎「うん.元気かあ.相変わらず庁内を走り回っとるか? はは.
あの男はよくまめにやるんだが要領が悪くていかんなあ,要領が.うん.ん?
ところで,わしに用件って何だね?」
男は鞄からパンフレットを出しながら用件を説明した.
男「ああ,実はですね,皆さんもご覧になってください.
ご自宅でいながらにしてお好みの商品が買えるというカタログ販売です.」
男はセールスマンだったのだ.
栗絵「カタログ販売?」
セールスマン「ご覧のとおり,娯楽用品からご家庭の必需品,
家具調度に至るまで万取り揃えております.はい.」
善次郎は涼しい顔で味噌汁をすすっていた.
良介「あなた,セールスマンか?」
セールスマン「消火器などもご用意いたしております.」
良介「いらんよ.要らんよ,そんなもん.おい,君.
勝手に人の家に上がりこんでもらっては困るじゃないか,君.」
セールスマン「勝手ではございません.こちらの旦那さんが上がれ,
上がれと申しますから.」
善次郎は何食わぬ顔をしてご飯を食べていた.
良介「うちの親父はねえ,病気なんだよー.」
栗絵はたしなめたが
良介「病気なんだよ.わかるか?」
セールスマンが善次郎の方を見ると,
善次郎はちょうどレモンの輪切りを口にくわえ,
あまりのすっぱさに(それとも別の理由で?)顔をしかめていた.
良介はセールスマンをたたき出した.
戻ってきた良介は涼しい顔をしてご飯を食べ続ける善次郎に文句を言った.
良介「お父さん.どこのどいつかわからんような人を,
うちの中にいれないで下さいよ.」
それに対する善次郎の答えは
善次郎「そうか.ドコノドイツ人か.」
良介はずっこけてしまい,呆れてうめき声をあげるのであった.
中盤へ続く.
一気に終盤を見る.
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