2002年5月22日

「太陽にほえろ!」第240話「木枯らしの中で」

脚本は桃井章と小川英.監督は児玉進.主役は長さん.

焼鳥屋で山さんと長さんが呑んでいた. 長さんの娘は結婚後,長さんの家の近くのアパートに住むと言う.
山さん「へえ,近くにねえ.それは結構だなあ. 最近は結婚しちまえば親の事なんか考えない子供が多いって言うのに, さすが長さんの娘さんだねえ.」
長さんは照れくさがったが,続けて寂しそうにこう言った.
長さん「しかし,いくら近くに住んでも,別れて住む事に変わりはないさ. 結局んところ,親なんてのは捨てられる運命にあるようだ.」
山さん「おいおい,長さん.」
長さん「いやいや.何も娘を手放すのが惜しくて言ってるんじゃないんだ. 20年,20年間なあ.」
山さん「20年間かあ.」
長さん「ああ.20年だよ.同じ飯を食い,同じ風呂の湯を使い,20年だあ. 割り切ってるつもりだったんだが,いざとなると,どうもな.」
寂しそうな長さんに山さんは酒を注いでやった.

その頃,夜の町では男が刺し殺されていた. 男は死に際に犯人のコートからボタンをむしりとった. 犯人は構わずに去って行った.そこを初老の男(有島一郎)がバイオリンを持ち, 通りかかっていた.

翌朝.七曲署の面々が捜査に出ていた.鋭利な刃物で心臓を一突きで即死. 被害者の名は根岸達雄.年齢は48歳.オーロラ貿易に勤めていた. 業界ではトップクラスの貿易会社で根岸は東南アジア事業部係長だった. 根岸がむしりとったボタンもみつかった.財布も金目の物も取られていなかった. 怨恨か喧嘩の末の犯行だろう.

根岸の妻は報せに訪れた長さんとボンの前で泣き崩れてしまった. 根岸の娘は二週間後に結婚を控えていた. 根岸は娘の結婚をとても楽しみにしていたと言う. それを話しながら根岸の娘は泣いてしまった. そして長さんは自分の娘を思い出していた.

会社の同僚からも根岸の妻からも,根岸が恨まれているという情報は得られず, 怨恨の線は薄かった.ボンはやくざに絡まれたんじゃないかと言った. だが山さんはその意見を否定した.被害者は心臓を一突きにされている. 明らかに最初から殺すのを目的にした犯行だ.それを受けて長さんは言った.
長さん「それにだ.被害者は娘さんの結婚式を二週間後に控えていたんだ. そんな父親が相手に殺意を抱かせるほどの喧嘩をするとは思えん.」
殿下「そういえば,長さんの娘さんももうじきでしたね.」
長さん「さぞかし残念だったろうよ.式を二週間後に控えて, あんな死に方をしなくちゃならなかったなんて.」

捜査が続いた.ゴリさんはスナックサクラメントで, 根岸の写真をマスターに見せていた.そこへ電話が掛かってきた. ちょうどその頃,新宿の安食堂に老人(有島一郎)がやってきた. 彼はいつもカレーライスを頼んでいたので常連客に大笑いされた. が老人は,自分が食べたい物を頼んでいるんだ,と頑固な口調で言った. とその時,矢追通り,通称飲兵衛通りで起きた根岸達雄殺害事件のニュースを, テレビで見て老人は思い出した.
老人「あいつだ.あいつが犯人だ.」
老人は犯人を見た事を常連客に話した.前の晩に現場に居合わせたのだ. 老人は常連客に色々と訊かれた.服装は
老人「えー,ベージュのコート,で,背が…」
人相を訊かれたので
老人「顔? 顔は…」
客「顔が判らなけりゃどうしようもないじゃないかよう.」
他の客「耄碌したな,爺さん.」
大笑いされたので老人はこう言い出した.
老人「わかっとるよ.顔に傷のあるやくざっぽい奴だ.」
客「やくざ?」
老人「そう.やくざだ.間違いない.歳は30前後.顔のこの辺に傷跡のある奴だ.」
早速老人は七曲署に電話した.その頃, 殿下がボスにボタンの事を報告していたところだった.そのボタンは, その月の初めに新宿の三峰と言う店で, オリジナル商品として売り出されたコートに着いていた物. コートの色はベージュで数十着売られていた. コートを買った者の名簿を殿下は入手していた.

丁度コマ劇場の近くにいた長さんが彼のところへ行く事になった. 彼の名は西岡善太郎.あけぼの荘というアパートに住んでいる流しの老人だ. 西岡の部屋にはテレビがなかった.
西岡「いやあ,テレビのニュースを見て驚きました. まあなんせ御覧のとおり我が家にはテレビなんかありません. いや,まあ,買おうと思えば息子が大きなスーパーを経営してますし, 月々10万円も小遣いをくれますんでそんな物は買えるんですが, あんな物は芸術の敵ですからな.」
長さん「え,芸術の敵?」
西岡「ええ,そうですとも.テレビを見る時間があるんなら,一枚のレコードを, ええ,ギターを,どれほど人生のためにいいんだかわからない.」
長さんは適当に相槌を打った. 西岡はチャイコフスキーのレコードをかけようとした. 慌てて長さんは仕事の話に戻した.
西岡「ああ,そうでしたな.話を戻しましょう.いやあ, そんなわけで我が家にはテレビなんかありません.息子や娘達は,ええ, なんかの時に困るから一台置けと言うのだが,なるほど,今度の事があったら, その説にまた一理ありますな.だってそうです.私が食堂へ行って, 偶然テレビのニュースなんか見なかったら, 永久に昨日の事は思い出さなかったかもしれない.」
長さんは適当に相槌を打った.
西岡「まあ,情報化社会なんかと言われてますが,物騒ですなあ. もうテレビが生活の中に入り込んでる.は.恐ろしいこってす. 私なんぞは…」
長さん「あのう,西岡さん.ああ,目撃した犯人の事を.」
西岡「おお,そりゃ失礼.いやあ,どうも歳を取ると, どうも脱線して困りますなあ.」

長さんは西岡を七曲署へ連れて行き,モンタージュ写真を作る事にした. 歳を取ると物覚えが悪くてねえ,という西岡だったが,何とか写真ができた. これをもとに捜査が行なわれた.山さんはある男(清川新吾)の元を訪れた. 彼はコートをなくしたと言った.三日前にタクシーの中に置き忘れたらしい, と彼は答えた.山さんは部屋の中で珍しい仏像をみつけた.
山さん「いやあ,なかなか珍しいもんですなあ.」
男「ああ,昨年,東南アジアへ行った時の土産です.」
山さん「東南アジアへ? 仕事ですか?」
男「ええ,まあ.観光も兼ねて.よく行くんですよ. 商売が宝石のセールスなもんでねえ.」

その夜.飲兵衛通りで聞き込みを続けていた長さんはバイオリンの音を聞いた. そのバイオリンの音は西岡が弾いているものだった. 西岡は例の事件をしながらバイオリンを弾いていたのだ.
客「そいつの顔は?」
西岡「歳の頃は32,3.そばのネオンサインが, くっきりとその顔を浮かび上がらせました.毛虫のような太い眉. 顔には刃物で切られたような傷跡.見るからにやくざっぽい, 凶悪な人相の男でありました.」
長さんもその食堂に入った.この話は大盛況.アンコールで西岡は一曲弾いた. 帰り道.
西岡「しかし妙なものですな.事件のお蔭でちょっとした人気者になりましてね, へ,もうみんながぜんさん,ぜんさんって,もう大したもて方でねえ. しかしどうなんですか? 捜査ですよ.犯人らしい男,見つかりましたか.」
長さんは未だだと答えた.
西岡「そうですか,そりゃ困りましたなあ.いやあ,まあ, そのうちみつかるでしょう.それじゃあ,これから二,三軒巡りますので.」
西岡と別れた直後,長さんはボンと出遇った. ボンは年寄を寒空に独りで巡らせるなんてと西岡の子供に怒りを覚えていた.
長さん「道楽なんだそうだ.ああやって歩くのが.」
ボン「道楽ねえ.でもちょっと行きすぎですよ.」

山さんが当たった男以外,ボタンを失くした物はいなかったし, 店にボタンを買いに来た客もいなかった.ボタンもオリジナルなので, 他の店では売っていなかった.
ボス「となると問題はその失くしたと言う林田のコートだ.」
ゴリさんは,例のモンタージュ写真を持って徹底的に歩いたが, 目撃者は見つからなかった.山さんは動機から考えてみてはどうかと考えた. 家庭でも仕事でも問題のない男が殺された.必ず何かがある.何かが. そこへスコッチが戻ってきた. 根岸はここ半年の間に十回も東南アジアへ行っていた. 係長の根岸が行かなくてもいい用事でも行っていたのだ. 仕事熱心だったのかもしれないが,家庭的な性格の根岸にしては熱心すぎる. それを聞いた山さんは思い出した.
林田「昨年,東南アジアへ行った土産です.」

山さんは林田を徹底的にマークした. 長さんは根岸の家へ行ってみた.城東銀行から花輪が届いているのを見かけた. 根岸の妻は不審に思い,探してみると, 1000万円もの貯金のある預金通帳が見つかったと言う. 根岸は家を建てるのに退職金を前借したほど金がなかった.根岸の妻は, 何か悪いことをして得た金だろうか,と悩んでいた. 長さんは会社の同僚に何か裏の顔がないか,とか,悩んでいたことがなかったか, と訊いてみたすると,根岸が老後の事を心配していた事が判った.

老後のこと.娘の結婚のこと.さらに1000万円の入手経路が問題がある. ボンの調べでは根岸はリベートをもらうような事は全く無く, 逆に与える方だった.山さんから無線が入った. 林田が竜神会の風間と会っていると言うのだ. 風間は竜神会の覚醒剤ルートの責任者と言われている男だ. ボスはボンに風間を引っ張るように命じた. 根岸が何度も東南アジアへ行っている理由も説明がつく. ジーパンのテーマが流れる中,ボンは風間を追いかけ,激しい格闘の末, 逮捕した.取調室で風間は仲間内の喧嘩だと言い張った. 林田は風間とはサウナ風呂で偶然会って話をしたと答えた. さらに林田はモンタージュ写真の男を知らないと答えた. 林田は前の年の10月に東南アジアへ行った事があった. 殿下はその時根岸も同じ飛行機に乗っていた事を持ち出したが, 林田は白を切った.

どうやら林田と根岸は覚醒剤の運び屋だったらしい. 金が貯ったら急に恐くなり,手を引こうとしたので根岸は殺されたのだろう. スコッチは疑問に思った.
スコッチ「しかし林田には顔に傷がないし,モンタージュの男とも, 似ても似つかない男ですよ.」
ゴリさんは,モンタージュなんて実際は似てないものだ, 犯人の写真を目撃者に見せれば納得するよ,と意に介さなかったが…

長さんは西岡に林田の写真を見せたが,犯人ではないと言い張った.
西岡「私が見たのはベージュのコートを着て,顔に傷があって, 眉が毛虫みたいに濃くて,神経質そうな男だって, 何回も言ってるじゃないですか.」
仕方なく,長さんは去ろうとしたが,去り際に写真を見つけた. それは白黒写真で西岡と女子高生が写っている物だった.
長さん「ほう,娘さんかい.」
西岡「十年前の写真です.今は会社員と結婚して船橋の団地におります. もう5歳の子供の母親です.私はよく一緒に聞いたもんです. このチャイコフスキーを.ところが今じゃこいつのうちでは, チャイコフスキーどころか,あるレコードと言ったら, テレビ漫画の主題歌だけだ.」
長さんは身につまされてしまった.

寿司屋の出前持ちからの聞き込みでゴリさんとスコッチは, 林田がサクラメントのマスター大里と一緒に良く歩いていることを知った. 早速ゴリさんがサクラメントへ行ってみるとマスターが「今, サツがうろうろしてるんでまずいんだ.」と電話をしているところだった. ゴリさんとスコッチは大里を逮捕した.そして多さとは何もかも吐いた.だが, 林田は白を切りつづけた.
林田「新聞によるとね,あの会社員を殺したのは, 頬に傷跡があるはずでしょう.それともなんですか? あたしの顔がそっくりとでも言うんですか. 私の頬に傷跡でもあるというんですか.」

捜査は行き詰まった.状況から見て林田の犯行に間違いはない. だが西岡の証言が障害になったのだ.ゴリさんは憤り,「あの爺さん, 寝ぼけてたんじゃないですかねえ.」と言い出した.
長さん「それとも,出鱈目を言ってるかだ.」
皆,長さんを見た.
山さん「いや,コートの件では我々の捜査と一致するんだ. 出鱈目と断定することはできんだろう.」
長さん「うん.まあ,確かに見た事は見たんだろうが,暗いところで, しかもあの距離で,ちらっと見た顔を,そうはっきり記憶してるとは, どうも思えないんですよ.」
ボス「耄碌してると思われたくない一心で嘘をついた.」
ボン「それじゃあ,モンダージュ写真の男は丸っきり架空の人物?」
長さん「かもしれんと言う事だ.しかも頑として証言を曲げない.ボス.」

長さんは西岡の娘の家へ行き, モンタージュ写真そっくりの男(水谷邦久)を見かけた. 彼は西岡の娘の夫だった.顔の傷は小さい頃に屋根から落ちた時についたもの. 新聞で殺人者として報道されたため,会社でも変な目で見られっぱなし.
夫「一体僕がお義父さんに何をしたって言うんです? 義理の父だって気の毒だと思うから,狭い団地でも一緒に住もうって言ったのに, それが勝手に飛び出して,あてつけみたいに流しなんかして!」
長さん「あてつけ? いえいえ,しかし,あれは道楽だと…」
夫「道楽だなんて,そんな余裕あるはずありませんよ.僕のところ以外, 金の面倒見る人間いないんですからね.」
長さん「しかし,息子さんがおられるはずでは…」
西岡の娘の夫は衝撃の事実を長さんに言った.
夫「いたにはいましたけれど,小さい頃死んだと聞いてます.」
長さん「死んだ.」
夫「ええ.ですから, うちの女房はお義父さんにとっては一人娘みたいなもんなんです.」
長さんは西岡が大事にしていた写真を思い出していた.
西岡の娘「父は兄の事が忘れられないんですね.」
西岡の娘は長さんに紅茶を出しながらそう言った.
西岡の娘「第一,兄が優秀だったと言っても死んだのは五つの時です. 父がただそう思ってるだけなんですわ.」
夫「冗談じゃないですよ,全く.それなのに,一々死んだ息子と比べられて, 馬鹿呼ばわりされるなんてねえ,こっちだってたまんないです.」

長さんは電話でボスにモンタージュ写真の件を報告した. ボスはかたわらにいたゴリさんとボンにこう言った.
ボス「そんなこと俺には判らんよ.娘どころか女房もいないんだからなあ.」

その頃,木枯らしの中の公園で西岡は独り寂しくバイオリンを爪弾いていた. そこへ長さんがやってきた.
長さん「今,会ってきたよ.娘さんとだんなさんに.みんな聞いたよ, 娘さんから.」
西岡「いや,刑事さん,確かに妙な話ですが,そっくりだったんですよ, 犯人と娘の亭主が.いや,本当ですよ.」
長さん「善さん.」
西岡「いやあ,そりゃあ,多少は記憶が確かでないところは, あいつの顔で済ましたところもありますが…」
長さん「確かじゃないって,みんなそうだったんじゃないか.」
西岡「違う.そりゃ違いますよ.私ははっきり見たんだ. 犯人の顔にも確かに傷が…」
長さん「ないんだよ,傷なんか.」
西岡「いいえ,あった.あたしははっきり見たんだ.こっからここにかけて, くっきりと.」
長さん「ないんだ.ないんだよ,傷なんて,何処にも.」
西岡「いや,しかし,刑事さん…」
長さんは遂に怒鳴ってしまった.
長さん「人相もまるで違う.娘さんのご主人とはねえ, 似ても似つかない男なんだよ.」
木枯らしの吹く音だけが聞こえた.チャイコフスキーが流れる中
西岡「そういえば,あの暗さでわしの目にあんなはっきり見える筈がない. それなのに思い出そうとしたら,やけにはっきり顔が浮かんできてねえ.」
長さん「あんた,犯人の顔を見たんじゃない.ただ最愛の娘を奪っていった, 憎い男の顔を見ただけなんだよ.」
長さんはため息をついた.
長さん「いいお婿さんじゃないか,善さん.少し片意地なところがあるけど, 娘さんのことを心から愛しているし,あんた,色々と心配してるよ.」
西岡「好きになれんのですよ,刑事さん. わしにはどうしても,どうしてもあの男だけは好きになれんのですよ.」
西岡は遂に泣き出してしまった.長さんも目に涙が浮かんできた. 長さんは何を思ったのだろうか.

翌朝.長さんは屋上でぼうっとしていた.そこへボスがやってきた. 風間と林田は全面的に自供した.これで竜神会の覚醒剤ルートを叩き潰せる. 四係は大喜びだ.だが長さんの顔は晴れなかった.
長さん「は.いえ,別に. ただ私も間もなく善さんのような心境になるのかと思うと, 私は恐ろしくなってきまして.」
ボス「な,長さん,独り者の俺には全く判らんが, これはほんのちょっとした事なんかじゃないかなあ.」
長さん「え?」
ボス「善さんと婿さんがもう少し,いやほんの少しだけ, 相手の気持ちを理解したら,こんな事態にはならなかったんじゃないかって, 俺はそう思うんだ.」
長さん「はあ.そうかもしれません.」
道を大勢の人が歩いていた.
ボス「悪意と憎しみとだけ付き合っている俺達だ.せめて善意の人間同士, 憎み合うのだけはやめてもらいたいものだね.」
長さん「はあ.しかし,私だって,そうならないとは断言できませんからねえ. あと,二ヶ月です.」
ボス「長さん,その後は孫の顔だ.」
やっと長さんは頬笑むのであった.

次回は先輩の鑑識課員が自殺事件を調べる山さんが一人の情報屋と対峙します.

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東平 洋史 E-Mail: hangman@basil.freemail.ne.jp