脚本は上原正三.監督は田中秀夫.
ジュクは上の空だった.そのことにノミさんは気がついていた.
やって来た令子にジュクが,ノミさんのボールは最高です,と言うのを見て,
ノミさんは言った.
ノミさん「嘘つくな.ジュクは僕のボールなんか見ていない.
ジュク,どうも変だぞ.どうしたんだよ.」
ジュク「変なことなんかありませんよ.」
ノミさんはジュクが何でもないパスボールをしたことを責めたが,
ジュクは気のせいだと否定した.令子も何かあったのかと聞いたが,
ジュクは気のせいだと否定した.
ノミさん「ジュク,何かあったら言ってくれ.俺達はバッテリーじゃないか.」
それでもジュクは気のせいだと答えた.
家に帰ったジュクはお母さんから模擬試験で50番以内に入るように言われていた.
お母さん「50番以内に入らなければ野球をやめてもらうわよ.」
ジュク「50番以内に入ります.野球も続けます.」
そんなある日.練習中にジュクはお母さんの言葉を思い出していた.
お母さんの声「50番以内に入らなければ野球をやめてもらうわよ.」
ジュクの頭の中を50という数字が駆け巡った.そのため,
ジュクは練習中にノミさんの球を受け損なってしまい,
右手の親指を突き指してしまった.そこへオーナー登場.
次の日曜日の練習相手がエリートスターズに決定したと言うのだ.
エリートスターズは東京大会で準優勝したチームだ.
そこへよし子が登場.またオーナーがどやされるのか…と思ったら,
よし子は「エリートスターズなんかぶっ飛ばしてもらいたくてさ」と,
おにぎりを差し入れに来たのだ.
ちなみに太郎とペロペロは真っ先におにぎりに手を出し,
令子に「練習が終わってからよ.」と注意されていた.
練習の帰り道,ノミさんは練習をやめるようにジュクに言った.
50番以内に入らなければ野球をやめさせられるんだろ,と言うノミさんに,
ジュクは,大丈夫です,自信があるんです,と答えた.
だがノミさんは納得しなかった.
ノミさん「それならあんなに試験のことばかり気にしてないはずだよ.
休まなきゃ駄目だ.手がそれ以上悪くなったら鉛筆も握れなくなっちゃうぞ.」
ジュク「君には関係ないでしょう.僕には僕のやり方があるんだ.」
ノミさんはジュクの手を持ち,言った.
ノミさん「投げるのは僕なんだぜ.試験の点数気にしながら,
受けてもらいたくない.」
ジュク「気にしてなんかいません.」
ノミさん「してる.だから怪我したんだ.」
ジュク「僕はやることだけはちゃんとやります.ほっといてください.」
そう言ってジュクは立ち去ってしまった.呆然として見送るノミさんを,
令子は目撃してしまった.
家に帰った令子がバッテリーのことで悩んでいると言うと,
恵子は「馬鹿ねえ,ちゃんと予備買っとけばいいじゃないの.」と,
頓珍漢な事を言った.充電池のバッテリーと勘違いしたのだ.
呆れた令子は立ち去った.それを見た恵子は
恵子「でも野球にどうして電池がいるのかしら?」
とべたな天然ボケを視聴者に披露するのであった.
ジュクは一生懸命家で勉強していた.
突き指の痛みも「眠気覚ましに丁度良いや.」と強がりを言っていた.
一方,ノミさんは太郎の自転車屋へ行き,キャッチャーをやってくれ,
と頼み込んでいた.太郎はリードが苦手だと言い,さらに
太郎「あれ駄目なんだ.」
次郎「あれ駄目なんだ,ノミ.」
それを受けてノミさんが言った.
ノミさん「どうして僕がノミって言われるか,知ってるか?」
太郎「ノミの心臓か.気の弱い奴のことだ.」
ノミさん「気の弱いエースなんて本当は失格なんだ.
その僕がここまでやってこれたのはジュクのお蔭なんだ.」
太郎「それがどうしたよ.」
ノミさん「そのジュクが野球をやめなきゃならないかもしれないんだ.」
太郎の手が止まった.
ノミさん「なあ,太郎君,頼む.」
全くの余談だが,元巨人の斎藤雅樹は気の弱いところがあったが,
それを克服してあそこまでの大投手になった.
そして練習の時.令子は太郎がキャッチャーをやると申し出たのを聞き,
驚いていた.コーチは肩も良いからキャッチャー向きだと賛成していた.
令子「でも補欠でもキャッチャーだけはやだって言ってたじゃない.
それにうちにはジュクと言う名キャッチャーがいるわ.」
カリカリ「だけど長打力は太郎のが上だぜ.」
シゲ「なーんて言っちゃって.ファーストを取られたくないんだろう.」
カリカリ「なにを,お前こそ.」
カリカリとシゲがつかみ合いの喧嘩を始めたので令子は止めた.
令子「じゃあ,今日からペロペロに代わって,
ジュリさんのボールを受けて御覧なさい.」
だが
ノミさん「駄目だよ.」
令子は驚いた.
ノミさん「監督,テストしてみてください.」
ジュク「ノミさん.」
ノミさん「太郎とジュクで牽制やバント守備はどっちがうまいか,
バッティングはどうなのか.」
コーチ「まあ,それも大切だけどな,
ピッチャーはキャッチャーと呼吸が合わなきゃ.」
それでも
ノミさん「それは僕が合わせます.
問題はどっちが信頼できるキャッチャーかと言うことなんだ.
牽制球も投げられないキャッチャーじゃ駄目なんだ.」
それを聞いたジュクはうなだれて突き指した右手の親指をじっと見た.
太郎「監督,やらしてくれよ.」
令子は決断した.練習で太郎は見事に走者を刺した.
それを見たジュクはうなだれてしまった.そしてノミさんに言った.
ジュク「君はそんなにしてまでエースの座を守りたいんですか.」
ノミさん「ポジションを守りたいのは君の方だろう.」
ジュク「何ですって!」
ノミさん「僕と太郎君がバッテリーを組んだら補欠に回るほかないもんな.」
ジュク「馬鹿な.手さえ何ともなかったら…」
ジュクは思わず右手の親指を見てしまった.
ノミさん「それが気に入らないんだ.
いい加減な気持ちで受けてるから怪我するんじゃないか.
そんな奴とバッテリーを組むのは真っ平だ!」
ジュクはショックを受けてしまった.
ジュク「君がそんなやつだとは思わなかった.」
ノミさん「野球なんかやめちまえ!」
そう言ってノミさんは太郎を相手に投球練習を開始した.
ジュクは走り去ってしまった.カリカリは追いかけようとしたが
ノミさん「ほっとけよ.あいつは負けたんだ.」
太郎「今度の試合はニューバッテリーの初勝利と行きたいな.
みんなと頑張ってバックアップ頼むぜ.さあ,頑張っていこう.」
気まずい雰囲気が流れていた.
公園で令子はジュクに声を掛けた.
令子はジュクの突指を見てノミさんの意図を見抜いた.
令子「ノミさんの言う通りね.お医者さんに行くのよ.ちゃんと治して,
模擬試験の勉強に集中しなくちゃ.」
ジュク「もういいんです.50番以内に入っても,
もうノミさんとはバッテリーは組めないんだ.」
令子「何を言ってるの.」
ジュク「僕は今迄何のために野球と勉強を両立させてたんだ.」
令子「野球の魅力.それにとらわれているから.」
ジュク「素晴らしいと思ってた.みんなで力を合わせて,
互いに励ましあって,一つの目標に向かって努力する.そこから生まれる友情.」
令子「ジュク,見せたいものがあるわ.」
令子は,ノミさんがタイヤを引っ張って,
坂を一生懸命上って特訓しているところを見せた.
ノミさんも不安でじっとしていられなかったからだ.
令子「ノミさんにとって,
これからの一試合一試合がエースの座を賭けた闘いなのよ.
しかも相手はエリートスターズよ.今ほど君のリードが必要だと言うことを,
誰よりも良く知っている.」
ジュク「でもそれじゃあ何故?」
令子「君とバッテリーを組むためよ.早く怪我を治して,
試験でいい成績を取って,野球を続けて欲しいのよ.」
ノミさんの特訓は続いていた.それをジュクはじっと見た.だが
ジュク「違う.」
令子「ジュク.」
ジュク「ノミさんは意地でも太郎君とのバッテリーを成功させるつもりなんだ.
もう僕と組む気はないとはっきり言ったんです.」
令子「ジュク,あなたとノミさんは一心同体のバッテリーじゃないの?
あなたはノミさんの友情が判らないの?」
思わずジュクは令子の方を見た.二人はじっとみつめあった.だが
ジュク「ノミさんに友情なんてあるもんか.」
ジュクはそう言って走り去ってしまった.
令子の声「ジュク,あなたなら判ってくれると思ったのに…」
ノミさんはなおも特訓を続けていた.
そしてエリートスターズとの試合を向かえた. だがノミさんと太郎の呼吸はまるで合わなかった.何度も何度もタイムをかけ, ノミさんが太郎を呼んで球種を決める始末だった. たちまち満塁のピンチに陥った.令子はタイムを掛けて一呼吸入れさせたが, ノミさんは次々と打たれ,さらに暴投して自滅しまった.
その頃,ジュクは家で勉強していた.
令子の声「ジュク,あなたとノミさんは一心同体のバッテリーじゃないの?
あなたはノミさんの友情が判らないの?」
ジュクの脳裏にノミさんの姿が浮かんだ.そしてジュクは叫んだ.
ジュク「ノミさん.」
一方,ノミさんは連打を食らっていた.コーチはジュリへの交代を示唆したが,
令子は未だ4回だと渋っていた.だがノミさんは結局打たれてしまった.
なおも一,二塁のピンチだ.
令子はジュリに交代を指示しようとした.そこへ
ジュク「待ってください.」
ジュクがユニフォームを着てやってきた.
ジュク「僕が行きます.球威そのものは衰えていません.
僕がリードすればノミさんだってまた投げられます.」
コーチは突指の悪化を懸念したが
ジュク「大丈夫です.監督,もし僕がレッドビッキーズをやめることになったら,
太郎君に僕が学んだことを全部教えます.
そうすればノミさんはまた投げられます.
でも今このままでマウンドを降りたら駄目です.
ノミさんはエースの誇りまでなくしてしまいます.僕に受けさせてください.」
令子はジュクの熱意に賭ける事にした.
令子「私は間違っているかもしれない.
だけど今あなたを止めてはいけないと思う.」
こうしてノミさんは続投.その代わり,太郎がベンチに下がり,
ジュクがキャッチャーに入った.
ジュク「僕のミットに投げ込むんです.」
ノミさん「指は?」
ジュク「大丈夫.」
ノミさん「勉強は?」
ジュク「大丈夫.」
ノミさん「よし,行くぞ.」
ノミさんは一生懸命投げた.そして捕球したジュクは三塁へ牽制し,
三盗したランナーを刺した.
ノミさんの声「ジュクの親指に負担をかけてはいけない.
よーし,遊球は投げないぞ.」
さらにバッターはショートライナーに倒れ,
飛び出していた二塁ランナーもアウトになった.
ジュク「ありがとう,太郎君.」
次郎「俺,次郎.」
令子は言った.
令子「差は5点よ.ランナーを貯めて逆転しましょう.」
それからのノミさんは人が変わったように好投した.結局試合は7-12で負けた.
だがレッドビッキーズは勝利よりも大事なものを勝ち取った.
そしてジュクの模擬テストの日.ノミさん,太郎,次郎,
そして令子は「がんばれ!!ジュク」という垂れ幕を用意してジュクを励ました.
喜んで出かけていくジュクを見て令子は思った.
令子の声「大丈夫.ジュクは必ず50番以内に入るわ.
そしていつまでもいつまでも野球を続けて欲しい.
こんなにも素晴らしい野球を.」
次回はデッドボールを受けたジュリがボール恐怖症に落ち入り,ナインと対立. 令子が荒療治を試みます.
脚本は峯尾基三.監督は竹林進.主役はゴリさん.
工事現場で腐乱死体が発見された. 基礎工事をしている時に地中から掘り当てたのだ. 顔の判別はもう出来ないほど腐り方はひどかった. ゴリさんは山さんに遺体のポケットから発見された懐中時計, 預金通帳と三文判を見せた.預金通帳は辻井勉名義のもの. 殿下は現場に辻井勉の妹を連れてきて面通しさせた. 辻井勉は確かに似たような懐中時計を持っていたと彼女は答えた. 辻井勉は二年前の事件以来,行方不明になっていた. 彼女は「お兄ちゃん」と叫んで号泣した.
七曲署第一係の面々は三係の刑事から,
辻井勉が起こした詐欺事件について話を聞いていた.
辻井勉を容疑者として手配したのは二年前の昭和49年12月22日.
事件はその二週間前の12月8日に山陽銀行新宿支店で起きた.
銀行の夜間金庫に故障中の看板を出し,店の金庫を偽造,
一晩分の預金をごっそり持ち去ったのだ.
辻井の単独犯で被害額は三千万弱だった.
年末のかき入れ時だったので通常の3倍の預金だった.
偽金庫に使用したアルミ箔の入手経路から足がつき,
辻井の犯行だと判明したのだ.
だが容疑確定後の辻井の足取りはようとして掴めず,
結局は今日まで判らなかったのだ.辻井は雲をつかむような人物で,
身辺を洗ってもこれといった情報がつかめなかった.
立ち回り先も行動半径もつかめなかったのだ.
ゴリさん「妙な話ですねえ.人間の行動半径なんて広いようで,
意外と狭いもんですがねえ.
身辺を洗えばどんな人間でも輪郭ぐらいつかめるのではないですか.」
それが辻井の場合は兎に角情報がつかめなかったのだ.係累は妹が一人.
親しい友人どころか気軽に挨拶をかわす人間さえいなかった.
だから全然つかめなかった.
ゴリさん「全然って,そんなこと有り得るんですかねえ.」
三係の刑事は二年前に徹底的に洗ったのだが全然つかめなかったのだ.
辻井の顔写真は十何年前に大勢で撮った写真しかなく,顔の判別が不可能だった.
だから妹の記憶によるモンタージュ写真で調べるしかなかった.そのため,
三係は捜査にてこずったのだ.ここまで話して三係の刑事は立ち去った.
入れ替わりにボンとスコッチが入ってきた.解剖の結果が出たというのだ.
遺体の推定年齢は25歳から30歳.身長170前後.死亡日時は1年8ヶ月から2年前.
血液型はB型.顔面に凶器による障害の痕跡あり.死因は毒物によるもの.
青酸性化合物が検出された.年齢も身長も行方不明になった日時も一致するし,
遺留品もあるので辻井勉に間違いないと思われた.
だが山さんは納得のいかない表情をした.
ゴリさんも疑念に思っていたことがあった.
スコッチ「ガイシャの顔面は死因に関係なく破壊されていた.
毒物で殺害したのに何故そんなにむごい事をする必要があったのか…ですね?」
ゴリさん「そうだ.余程ガイシャに恨みを持つ者の犯行なのか,
それとも何らかの意図でガイシャの顔面を潰す必要があったのか.」
つまり替玉殺人だとゴリさんは考えていた.ボスもその意見に同意し,
念のため,遺留品を洗うことを命じた.
懐中時計は修理した形跡があった.
そこでゴリさんは懐中時計の修理師を当たることにした.
懐中時計の裏蓋に修理の年月日と修理師のサインが記されているからだ.
ゴリさんの声「懐中時計の修理日は昭和49年8月27日.
修理技師のイニシャルは A. N.」
その結果,懐中時計は辻井のものではなく,
新宿区大久保5-7 椿荘と言うアパートに住む野村明(三ツ木清隆)の物だと判明.
ゴリさんは早速野村のアパートを訪れた.野村は静物画が好きらしく,
キャンパスに油絵具で静物画を描いていた.ゴリさんは幾つか作品を見た.
一枚だけセーラー服を着た女性の絵がある他は皆静物画だった.
そして魚拓を発見.釣りもやるんですかとゴリさんは野村に言った.
野村に用件をうながされたのでゴリさんは懐中時計のことを聞いた.
野村は懐中時計をなくしたと答えた.どこでなくしたのかは覚えていなかった.
しかもなくした時期も覚えていないらしく「二,
三年前」としか答えられなかった.
二年前に懐中時計が修理に出された件をゴリさんが指摘すると,
修理に出したことがあると言い出した.だがどの店かは答えられなかった.
野村は時計がどうかしたのかと聞いた.
ゴリさん「実は土木工事中の現場から遺体が発掘されましてねえ,
その遺体があなたの時計を持ってたんです.」
野村の手が止まった.
野村「え? 僕の時計が?」
ゴリさん「野村さん,辻井勉と言う男に心当たりはないですか?」
野村「辻井勉? さあ.何者です?」
そう言って野村はまた油絵を描き始めた.ゴリさんは,遺体の身元が辻井らしい,
と答えた.野村は,なぜ彼が自分の時計を持っていたのか,と聞いた.
ゴリさんは野村の身長と年齢を聞いた.野村は171cmで26歳だった.
野村「どうしてそんなことを?」
ゴリさん「いやあ,ちょっと良く似た人,知ってましてねえ.」
ゴリさんは油絵を描く野村をじっと見,後で野村の写真を撮った.
ゴリさんは野村が本物の野村かどうか疑っていた.ボンは考え過ぎだと言ったが
ボス「いや,ゴリの言い分は十分考えられる.」
山さんはこう考えた.辻井は自分の身代わりとして野村を殺害して埋めた.
そして辻井は野村に成り代わって何食わぬ顔をして暮らしていた.
スコッチ「自分を死んだことに偽装すれば永久に警察の追及は免れる.
しかも搾取した三千万は自由に使える.犯罪者としてこんなうまい話はないな.」
被害者が辻井ではなく野村だとしても今のところ矛盾はない.
二人とも推定年齢と身長がほぼ一致しているからだ.
殿下とボンは姿形の異なる他人と入れ替わる事が現実に可能かと疑問に思った.
ボンはモンタージュ写真とも矛盾すると主張した.
ゴリさんはモンタージュ写真を作った辻井の妹君子も怪しいと睨んだ.
山さん「ゴリさんの言う通りだ.君子は遺留品の時計を見て,
兄のと同じようだといった.」
スコッチ「時計は明らかに野村の物だが,
偶然辻井も同じ物を持っていたというのは出来すぎてませんかね.」
長さん「ガイシャを辻井勉だと思わせるために君子が都合の良い証言をした.
そういう線が考えられるわけですね.」
ゴリさんは野村と君子を会わせてみる事をボスに進言した.
こうしてゴリさんは君子を連れ出した.君子の母親は癌で死亡し,
父親は蒸発していた.母親が死んで以来,
君子は兄と三鷹のアパートで二人きりで暮らしていたのだ.
ゴリさんは新宿西口の近くで絵を描いている野村を君子に見せた.
だが君子はチラッと見ただけで「お兄ちゃんじゃない」と言い張った.
その報告を聞き
山さん「君子は反応を見せまいとしたんだな.」
殿下「しかし一見しただけで実の兄かどうか判るのも肯けますね.」
つまり彼が野村本人であるとも野村の偽者であるともとれるのだ.
ボスは野村の身辺を洗うことを命じた.
七曲署の面々は聞き込みを開始したが,
辻井と野村が入れ替わっていると言う決め手を発見することは出来なかった.
山さんは野村の父の墓を訪れたが,墓を訪れる者はいないとお坊さんは答えた.
ゴリさんは野村と話をしたが,野村は絵描き仲間もいないし,
恋人も友達もいないと答えた.ゴリさんは野村の素性を聞いた.
母親は2歳の時に心臓病で死に,父親は18歳の時に交通事故で死んだと言う.
父親は個人で運送業をやっていたと言う.
野村はなぜそんなことを聞くのか尋ねた.
ゴリさんが詮索されるのが嫌なのかと聞くと
野村「億劫なんですよ,いちいち答えるのが.」
ゴリさんは野村に単刀直入に聞いた.
ゴリさん「あなたが野村あきらさん自身かどうか,我々は疑いを持っている.」
野村は一笑に付したが
ゴリさん「野村さん,変に疑われるのはあなたとしても不本意じゃないですか.」
野村「いい気持ちのもんじゃないな.」
ゴリさん「ほう,あなた自身の手であなたが野村あきら自身だと言うことを,
証明してもらえませんか.」
野村「とっくに証明したはずですよ.育った環境の事,両親の事,
僕の身元に関しては全部話しましたよ.」
ゴリさん「あなたの口からじゃ困るなあ.ごく身近な人で,
あなたを昔から知ってる人,例えば古くからの友人だとか,
親戚の方に証明してもらわんことにはねえ.」
野村「弱ったなあ.親戚はいないし,友達といっても僕には…」
ゴリさん「変じゃないですか.
あなたの周囲に昔からのあなたを知らない人がいないなんて,
そんな奇妙なことあるんですかね.」
野村は何も答えなかった.
七曲署で野村は捕らえどころがないとゴリさんはこぼしていた.
スコッチの調査の結果も野村の言う通り.
長さんは野村の生まれた川崎市の周辺を当たってみたが,
昔とはだいぶ変わっていて収穫はなかった.
今のところ矛盾点は見つからなかった.ちょっとやそっとでは崩せそうにない.
ボン「僕にはこんな現実は信じられないですよ.
ホントの野村を知っている奴が誰かしらいるはずですよ.
一人や二人必ずいるはずですよ.」
ゴリさん「俺もそう思うんだが,
奴を見ていると何となく周囲と関わり合うことなくて生きていく.
そんな気にもなるなあ.」
殿下「奴は人間嫌いなんですかね.」
ゴリさん「そんな感じなんだ.例えば絵なんかでも奴の描く対象物は,
器だとか花瓶だとか,どれもぬくもりがなくてくすんだトーンなんだ.」
と言ったところでゴリさんは気がついた.
たった一枚だけセーラー服の女性を描いた絵があったのだ.
セーラー服は学校によって違う.だからセーラー服を当たれば学校がわかり,
モデルもわかるだろう.
早速ゴリさんは野村のアパートに行った.
例の絵には「1969 A. Nomura」とサインされていた.
ゴリさん「あなたが本当の野村さんかどうか,
それを証明してくれる人が現れたんですよ.」
野村は,それは良かった,と言い,誰だ,と聞いた.
ゴリさんは例の絵を持って言った.
ゴリさん「彼女です.」
野村の顔色が変わった.ゴリさんは絵のモデルが誰かと尋ねたが,
野村はしばらく無言だった.そしてこう言った.
野村「あんた,なんか誤解してるなあ.その絵は僕のイメージで描いた物だ.
現実の高校生なんて猫の子一匹いませんよ.」
ゴリさん「このモデルは高校生ですね?」
野村「ええ.あくまでも僕のイメージではねえ.石塚さん,
描かれたイメージに必ずモデルが存在すると思うのは簡略過ぎるなあ.」
ゴリさんはこう答えた.
ゴリさん「簡略ねえ.ま,そういうことにしときましょ.
全てはこのモデルに聞けばはっきりする.この絵の写真,
撮らせてもらいますよ.」
ゴリさんはモデルは現実の少女だと睨んでいた.
野村はモデルが高校生だと口を滑らせていたし,背景は公園のようだし,
セーラー服は細部まで詳細に描かれていた.つまり絵には現実の臭いがしていた.
紺のセーラー服.セーラーと袖口に三本の白線.それにエンジのリボン.
ボス「現実にこんな制服があれば野村の主張は崩れる.
まずこの服の制服を当たろう.」
そして調査の結果,ゴリさんは同じ制服の学校,城北女子学園を発見.
そして7年前の在学生を調べてみた結果,
モデルの少女は辻井君子である事が判明した.つまり,
絵を描いたのは辻井の可能性がある.サインを塗りつぶしてごまかした,
とゴリさんは睨んだが長さんが異議を唱えた.
ゴリさんは三鷹の近くに背景と似た公園がある筈だと睨んだ.
殿下「ゴリさん,三鷹の公園と言うと井の頭公園.」
どうでも良い話だが,武蔵野市のグリーンパークも近いぞ.閑話休題.
ゴリさんは絵の背景が井の頭公園であることを確認した.
こうして絵の作者が辻井勉で, モデルが辻井君子であるという状況証拠が揃った. ボスはゴリさんに辻井ツトムを当たり,殿下に辻井君子を当たるように命じた. 早速殿下は君子を井ノ頭公園に呼び出し,あの絵を見せた. 明らかに君子の表情が変わった. だが絵のモデルになったことなどを躍起になって否定した.
ゴリさん「野村さん,この絵のモデルがわかりました.」
明らかに野村の表情が変わった.だが野村は躍起になって否定した.
ゴリさんは絵を鑑定すると言い出した.野村は真っ青な顔になりながらも肯いた.
殿下は君子を問いただしていた.
殿下「彼はあなたがモデルの絵を自分の部屋に置いてあるんです.
それだけあなたとの思い出を大切にしてるからでしょう.
どこまでも他人になりすまそうとしている彼には,
あなたに会う事も慎まなければならない.
同じ事があなたにも言えるんじゃないですか.
あなただって彼に会いたいと言う気持ちを押し殺してる.君子さん,
本当の事を言って下さい.その方があなた達のためでもあるのです.」
君子「お願いです.ほっといてください.」
殿下「そうはいきません.彼はあなたのお兄さん,辻井勉ですね.」
君子「失礼します.」
君子は逃げるようにして立ち去った.
一方,ゴリさんは野村に,例の絵を赤外線で透視すると言った.
そうすれば下絵も判ると言うのだ.ゴリさんが去った後,
野村は呆然として座り込んだ.絵を鑑定した結果,
「1969 Tujii」と言うサインが描かれていた事が判明した.
マカロニのテーマが流れる中,殿下が君子を,ゴリさんが野村を尾行した.
そして殿下とゴリさんはお互いをみつけあった.喫茶店に入った野村は,
道路の反対側の喫茶店に入った君子に赤電話から電話した.
野村「君子か.俺だ.」
君子「お兄ちゃん,刑事はもう何もかも気付いているわよ.
ねえ,これからどうすればいいの?」
やはりゴリさんの睨んだ通り,野村の正体は辻井だったのだ.
つまり,あの腐乱死体は野村本人だったのだ.辻井は,
こうなったら自分が本当に死ぬしかない,と言った.
そうすれば三千万を君子が自由に事える.それを聞き,
君子は何度も何度も「死んじゃ嫌.」と懇願した.その姿を辻井も見た.
辻井は涙を流した.君子は殿下に頼み込んだ.
君子「刑事さん,お兄ちゃんを助けて.お兄ちゃんを死なせないで.刑事さん.」
ゴリさんは辻井に言った.
ゴリさん「妹さんの気持ちが判らんのか.二人っきりの兄妹じゃないか.
妹さんにとって大切なのは金なんかじゃない.お前だよ.どんな大金よりも,
兄さん,君子と呼び合えることの方が,ずっと幸せなんだ.」
辻井は考えた.君子は叫んだ.
君子「お兄ちゃん.」
ゴリさん「辻井勉だな.」
辻井は肯いた.
ゴリさん「殺人罪で逮捕する.」
連行される辻井を見て君子は殿下に抱きついて号泣するのであった.
辻井は取調室で何もかも吐いた.
辻井「誰一人頼るものもなく,ずーっと妹と二人っきりで生きてきた.
貧乏暮らしだった.絵具もキャンパスも思うように買えなかった.金が,
金が欲しかった.俺はあの犯罪に賭けたんだ.必ず成功すると思ってねえ.
妹も言い含めて俺が協力者に仕立てた.
手に入れた三千万の金は架空名義の預金にして手をつけなかった.
時効前に足がつくとまずい.生活が派手になると足がつき易い.
そう思って手をつけなかった.しかし,同じ貧乏でも前とは違った.
三千万の預金があるとないじゃ大違いだ.」
ゴリさん「その三千万のためにお前の,
辻井勉の替玉として殺された野村明のことを考えたことがあったのか.二年間,
土の中に埋められていた野村明のことを一度でも考えたことがあったか.辻井.」
辻井は無言だった.
ゴリさん「たった一人の身内の妹さんとも他人を装わなければならない.
そんな孤独に耐えられると思ったのか.」
辻井「慣れてますよ.一人には.」
ゴリさん「嘘だ.寂しかった.寂しくて寂しくてどうしようもなかったんだ.
だからお前は妹さんの絵を.お前は信じあえる友達が欲しくはなかったのか.」
辻井「別に.誰も頼るものがいないなんて世間は同情しちゃくれませんよ.
十五,六の頃から世間に放り出されて思い知らされてます.
他人なんて信じちゃいかんてねえ.始めから信じなきゃ良いんだ.
それなら裏切られることもない.」
ゴリさんは黙って辻井を睨みつけるのであった.
こうして事件は解決した.ゴリさんは元気がなかった.
その理由を殿下がこう分析した.
殿下「この都会じゃあ,孤独を友達みたいにしてる者もいるって,
痛いほど知らされたからな.寂しがり屋のゴリさんとしちゃ,
たまらないわけですね.」
ボスは呑みに行こうと誘った.途端にゴリさんは元気を取り戻した.
ゴリさん「いいですねえ.当然ボスのおごりでみんなほっといて,
熱燗かなんか,てっちりかなんか,ぱあっと.」
呆れてボスが言った.
ボス「お前のその孤独ってのはその程度か.単純なもんだ.またにしような.」
次回はシャドーボクシングをする若者とボンとの交流が描かれます.
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