2002年3月16日

「太陽にほえろ!」第69話「初恋への殺意」

脚本は鎌田敏夫.監督は児玉進.主役は山さん.シンコの登場はなし. 久美ちゃんも登場しません.

女Aが男と女Bにスライドを見せ付けられていた. 嫌がる女Aに別の女Bがこう言った.
女「見るのよ.」
そのスライドは殺人事件の場面を撮った物だった. 消防車のサイレンが響く中.
男「これで記憶に残りますかね.」
女B「大丈夫よ.いくら意識がなくたって, 繰り返し見せられた物は心のどこかに残ってるわ.」
こうして女Aは何度も何度も包丁で女を刺している場面を見せられた.
男「俺達のことも覚えてるんじゃないでしょうね.」
女B「大丈夫よ.こんなに酔ってるんですもん.薬も効いてるわ.」
女Bは女Aの頬を軽く叩いてみたが,反応はなかった. 良く見ると女Aの目にはセロハンテープが貼られ, 目を閉じることが出来ないようにしてあった. そしてスライドが何度も見せ付けられた. 女Bは何度も何度も「見るのよ.」と言った.それを聞きながら
男「恐い人だなあ,お嬢様.」
女B「あたしは主人のためにやってるだけ.」
男は目を外らした.
女B「あなたも覚えておいた方がいいわ.お金も地位も, きれい事じゃ手に入らないわ.」
そう言いながら女Bはスライドを女Aに見せ付けていた.

さて本物のパトカーが殺人現場に駆けつけていた. 殺されたのはスライドに映っていた女だった. 女の夫は姿をくらませていた.現場には彼のコートが残されていた. 女の娘が彼のコートだと証言したのだ. 今のところ夫が犯人の可能性が高いとジーパンとゴリさんは考えた. 山さんは娘のことを訊いた.娘は別室にいた.ゴリさんによると, 娘は「父親が母親を殺したのを目撃した」というのだ. 山さんは娘に会ってみた.娘は先ほどスライドを見せ付けられていた女Aだ.
娘「私,夢を見たと思ってたんです.嫌な恐い夢を. でも目が覚めたら本当にお母さんが死んでいて,夢じゃなかった. 本当だったんです.」
山さんは何か引っかかるらしく,凝と娘を見た.
娘「あたし,あの日,酔ってたんです.どうやってうちへ帰って来たんだか, 全然覚えてないんです.朝,目が覚めるまで, 自分のうちに帰って来てること知らなかったわ.」
ジーパン「しかし,高校生でしょ,あなた.」
娘「そんなこと関係ないでしょう.しょっちゅう呑んでたわよ,お酒だって, 薬だって.うちへ帰って来ても面白くないんだもん.お父さんとお母さん, 喧嘩ばっかりしてるし.」
ジーパン「何が原因だったんですか?」
娘「お母さんよ.男の人がいたの.でも,殺すなんて, お父さんがお母さんのこと殺すなんて,あたし,思わなかった.」
山さん「確かに見たんですね,殺すところを.」
娘は肯いた.
娘「見たわ.今でもこの目に焼き付いてるもん. 寝巻き姿のお父さんが包丁振り上げて, 同じように寝巻きを着ているお母さんを刺してるの.」
娘は興奮してしまった.泣きながら娘は続けた.
娘「あたし,夢を見たんだと思っていたのに.恐い夢を.」
山さんは何か引っかかるものを感じているらしく,黙ったまんまだった.
娘「でも,それが起きてみたら本当だったのよ.本当だったのよ. 本当だったのよ.」

娘は伯母に引き取られていった.娘と伯母の乗るタクシーを見送りながら
ジーパン「伯母さんに引き取られていったとしても, どうやって生きていくんでしょうね,これから.辛いでしょうねえ. 父親が母親を殺すなんて, 子供にとってこれ以上ショックな事はありませんからねえ.」
山さんは黙り込んだままだった.ジーパンが引き揚げようとしても立ちっ放し. ジーパンに督されてやっと山さんは覆面パトカーに乗った.

床下から包丁が見つかった.指紋は被害者の清水美保,娘の清水きょうこ, それに夫の清水たかおの物しか検出されなかった. ボスは清水たかおを指名手配するように命じた. そこへボスに会いに来た人物がやってきた.清水美保の愛人だったという男だ. 名前は福富一郎.福富ビル株式会社の代表取締役を務めている男だ. ボス,山さん,殿下の3人が応接室で福富と会った. 福富は自分のことを報道関係者に伏せるように言った.ボスは承諾した. 清水美保は保険の外交員をやっていたことがあり, そのとき福富を尋ねてきたのがきっかけで福富と清水美保が知り合ったという. 知り合ったのは3,4年くらい前になる. 清水たかおは清水美保と福富との関係を最近まで知らなかったと思う, と福富は言った.
山さん「最近まで,と言いますと.」
福富が清水美保と最後に会った時,関係を悟られたらしい, と清水美保が言ったのだ.清水たかおはひどく焼餅焼きだったらしい. 殿下は,それならなぜそんなに長く関係が続いたのか,と訊いたが, 福富は,さあ,と首をひねるばかり.福富は,清水美保とは大人の関係だった, と言った.福富は時折小遣い程度の金を清水美保に渡していた. 殿下は金の為に清水美保が付き合っていたのかと訊くと, 福富はそれが全てではないだろうと答えた.だが, 働きのない夫を抱えて清水美保が苦労していたのは事実だと福富は言った. そこへジーパンがやって来た. 清水たかおが新潟で溺死体で見つかったというのだ.

山さんは新潟から戻って来た長さんを上野駅の18番線で出迎えた. どうでもいい話だが,入って来た電車は各駅停車用の115系だが, 長さんが降りた電車は急行だ.閑話休題.長さんも新潟の所轄も, 自殺だと考えていた.死後7,8時間というところで死体が発見された. 清水美保を殺してから新潟まで行ってふらふらした挙句海へ飛び込んだとすれば, 時間的にも説明がつくし,清水たかおの故郷は新潟だったからだ. 七曲署に戻った長さんは清水たかおの服のポケットから発見されたものを見せた. 外傷はないが,足に凍傷の痕があったという.所轄は, はじめは山に登って死のうと考えた,とみていた. 新潟の山は雪が積もっていたからだ.だが山さんは納得できなかった.
山さん「私を新潟へ行かせてください.」
長さんは山さんに「おい,山さん.」と言った. ジーパンも山さんをジロッと見た.だが
ボス「よし,行って来い.」
山さんはボスに一礼した後
山さん「長さん,すまん.」
山さんが出て行った後
ボス「すまんな,長さん.」
長さん「いやあ,あたしはただ向こうの警察に協力して調べたんで, それ以上,でしゃばる事件じゃない…」
ジーパン「いやあ,ちょっと変なんですよ,山さん.今度の事件で. 残された娘さんのことをひどく心配してるんですねえ. 娘さんが預けられてる伯母さんのところへも何度も尋ねて行っては, 様子を聞いてるんです.」
ボスはそれを聞いて何か考えていた.
ジーパン「そりゃあ,娘さんが可哀想な立場にいることはよくわかりますが, それにしても山さんがそんなにセンチだとは思いませんでしたね.」
ボスはじっと考え込んでいた.

急行電車が映った後,山さんは海辺に立って何か考え込んでいた. そして山さんは急行に乗り込んだ.清水きょうこと伯母もその電車に乗っていた. 清水きょうこは遺骨を持っていた. 伯母は「兄の遺骨をとりに行った」帰りだと言った. 清水きょうこはどうしても行きたいと主張したため, 同行したのだという.清水きょうこは山さんに言った.
きょうこ「まだ何か調べてるんですか.」
山さん「いや,ちょっと.」
きょうこ「お父さんはお母さんを殺したんです.そして死んじゃったんです. それなのにまだ何を調べようと言うんです.」
山さんは無言だ.
きょうこ「父はまだ他に悪い事でもしたって言うんですか.」
きょうこは遺骨を持ったまま席を立ってしまった.山さんはじっと考え込んだ. そしてデッキにいたきょうこに山さんは声を掛けた.
山さん「君は強いな.」
きょうこ「何がですか?」
山さん「こうやってお父さんを迎えに来てあげて.」
きょうこ「だってお父さんなんだもん. どんなことしてたってお父さんはお父さんだもん. 他にもっともっと悪い事してたってお父さんはあたしのお父さんよ.」
山さん「お父さんが他に悪い事をしていたかどうか, 調べていたわけじゃないんだ.」
きょうこは振り返って山さんの方を見た.
きょうこ「じゃあ,何を.」
山さん「私は納得していない.」
きょうこ「何を?」
山さん「君には辛い質問になるかもしれんが,答えて欲しいことがある. 福富って男を知ってるか?」
きょうこ「福富? 知らないわ.」
山さん「お母さんの愛人だったという.君のうちはお金に困ってる状態?」
きょうこ「困ってはいたわ.お母さんが保険の外交をやるようになって, お父さん,全然働かなくなったんだもん. その前から働くの好きじゃなかったけど.」
山さん「最近,お母さんのお金の具合はどうだった?」
きょうこ「お母さんがその人からお金を貰って強って言うの!」
山さんは無言だった.
きょうこ「お母さんはそんな人じゃないわ.そりゃ, お父さん以外の男の人がいたのは本当だけど,お金のためなんかじゃない. いくらお金に困ったってお金の為に男の人と付き合うような, そんなお母さんじゃない.そんなお母さんじゃない.」
山さんはそんなきょうこを黙ってみつめていた.

翌日.車で捜査会議へ出かけようとするボスに山さんは, もう少し調べさせてくれ,と頼んでいた.ボスは渋ったが
山さん「ただ…」
ボス「ただ?」
山さん「あの娘の言う事を信じてやりたいんです.」
ボス「それだけか?」
山さん「それだけです.」
ボス「何かわけがあるのか,山さん.」
辛い事情があるらしく山さんは黙ってうつむいた.
ボス「わかった.言いたくなければ言わなくていい.」
だが山さんは話し始めた.
山さん「昔,二十数年も前のことです.あの娘と同じような娘がいました. 父親が母親を殺したんです.母殺しの父親を持った娘から, 友達が一人ずつ離れてゆきました.私もその一人なんです. うちの者にその子と付き合っちゃいけないと言われて, 私もその子といつともなく付き合わなくなりました. 世間の目を気にしたんです.本当はその娘が好きだったくせに.しばらくして, その娘は自殺しました.私はせめてあの娘に何かしてやりたい. 私にできることならどんな小さな事でも.」
それを受けてボスはこう言った.
ボス「山さんがそんなにセンチだとは思わなかったってジーパンが言ってたぞ.」
山さん「いや,そんな気持ちで言ってるんじゃないんです,ボス. 私は自分で自分が許せないだけなんです.」
ボス「よしわかった.気の済むまでやれ.会議では何とか誤魔化しておく.」
そう言ってボスは車を発進させた. その車を山さんはいつまでもいつまでも見送っていた.

その晩,山さんが福富の家へやって来た.そこへ福富が車で帰ってきた. 山さんは外で話を聞く事にした.福富は都内にマンションを借り, そこで清水美保と会っていたと言う.お互いに家庭を持っている身だからだ. 二人が会っているところを見た者はいないかと山さんは訊いたが, 福富は否定した.山さんは福富と清水美保が会っていたと証明する物はないか, と訊いたが,記念品を残すほどお互い子供ではなかった,と福富は答えた. 山さんは事件当夜,つまり11月1日の夜のアリバイを福富に尋ねた. 福富は産業省次官の森岡慎一郎と会っていたと答えた. 森岡は今度選挙に出るという噂があった.福富は日頃森岡の世話になっていた. だから何かあった時は応援しようと話に行って,つい話し込んでしまったと言う.

翌日.森岡の屋敷へ山さんは行った.お手伝いの人が, 確かに8時頃から2時頃まで福富がいたと証言した. ずっと車があったので間違いないとお手伝いは証言した. そのとき,森岡の妻が出てきた. 森岡の妻は福富が何か疑われるような事をしたのかと言い, さらに大事な時期なので警察沙汰になるような人が来ては困るといった. 山さんは福富と関係のあった人の事を調べていると言い, さらに確かに福富が森岡と会っていたかどうかを森岡の妻に尋ねた. 福富は森岡の妻の父の書生だった男だった.森岡の妻の父は既に亡くなっていた. 山さんは森岡のアリバイを尋ねた.森岡の妻は,9時頃に森岡が帰ってきて, それからずっと一緒だった,と答えた.
森岡の妻「福富に言ってください. いいかげんに火遊びをやめないと大物にはなれないって.」

森岡は妻に刑事が来た事を尋ねていた.妻は昼間の事を話した後, 城東銀行の前野から電話があった事を伝えた.そのとき,森岡が言った.
森岡「悦子.」
悦子「なんですか?」
森岡「美保を殺したのはお前じゃないのか?」
悦子「え?」
森岡「私と美保の事はお前も気づいてたはずだ.」
悦子「知りませんわ,私.美保さんなんて.」
だが森岡は納得しなかった.
森岡「嘘だ.」
悦子は紅茶を入れた後,言った.
悦子「あなた,今そんなつまらない事考えていられるときじゃないでしょう. 私,あなたに一つだけお願いがあるの.」
森岡「何だ?」
悦子「11月の1日,美保さんが殺された日よ.」
森岡は目を外らした.
悦子「福富はこのうちに夜の8時から2時過ぎまでずーっといたわ. あなたは9時に帰ってきてそれからずーっと3人一緒だった.」
だが
森岡「いや,しかし,私が帰って来た時は福富はいなかった.」
沈黙が流れた後
悦子「いたのよ.」
驚いた森岡は絶句した.
悦子「あたしはいつもあなたのためを思ってるのよ.」
森岡は何も言えなかった.
悦子「あなたはいずれ日本の最高の地位に即くべき人なのよ.」
森岡は黙っていた.
悦子「忘れましょう,あんな女の事は.」
森岡は黙っていた.
悦子「大丈夫よ.あんな刑事に尻尾をつかまれるようなへまはやらないわ.」
もう察しがついたと思うが冒頭の女Bは悦子で男は福富だったのだ. 果たして悦子の思惑通りに行くのであろうか?

山さんは殺人事件の現場に戻って来た.ちょうど取り壊しが行なわれていた. そのとき,作業員が床下から埃だらけの封筒の束を見つけていた. 早速山さんはそれを持って七曲署に戻って来た. それは「濱野美保」宛の手紙の束だった.濱野は清水美保の旧姓だった. 差出人は全て森岡慎一郎.福富のアリバイを証明しているのが森岡夫妻だ. 手紙の内容はありふれた高校生のラブレターだった.
ジーパン「高校時代のラブレターと言ったって, 殺された美保さんはもうじき40なんでしょう?」
ボス「二十何年間,誰にもわからないように持ちつづけていたって訳か.」
山さん「被害者のつきあっていた男はひょっとして, 森岡慎一郎だと言う事は考えられませんか,ボス.」
ボスは肯いた.
山さん「二十年前の手紙を大事にしまっていた女が, ただ金の為に亭主を裏切るとは考えられない.」
長さん「すると福富は身代わりか.」
山さん「福富は森岡夫人の父親の書生だった事があるんです.」
ジーパン「もし身代わりだとするなら,これは大変な事件ですね.」
ボス「ああ.山さんがあのうちの取り壊しに立ち会わなかったら, こいつはそのまま捨てられていたからな.」
ボスは手紙を持ってそう言った.
ボス「思いが通じたかもしれんな,山さん.」

山さんとジーパンは例の手紙を持ってゴルフ場へやって来た. 森岡が来ていたからだ.山さんは「あなたの手紙ですね.」と訊いたが, 森岡は「そうらしいね.」と言って口を濁した.さらに森岡は, どこでみつけてきたんだ,と訊いた.
ジーパン「持ち主が二十数年間大切に持ちつづけていたんですよ.」
山さんは最近清水美保に会った事はないかと訊いた.
森岡「ないね.どんな顔の娘だったか覚えていないような娘だったから.」
山さん「本当ですね?」
森岡「どうして私が嘘をつかなければならないんだ?」
ジーパン「被害者は立った一通の手紙を二十数年間,持ち続けていたんです. もしお会いになっていたんなら,そう仰ってください. それが被害者のためじゃないですか.」
それでも森岡は
森岡「なーにを言ってるんだ,君は.会った事もない者は会った事もないんだ.」
と言い張った.そこへ悦子がやってきた. 森岡は二十数年前のラブレターの件で疑われているらしいと悦子に言った.
山さん「いや,疑ってる訳じゃありません.」
悦子「それならどうしてこんなとこまで押しかけてくるの?」
山さんは答えなかった.
悦子「ああ,あなた方,森岡に傷をつけようと思って故意にそんな事してるのね. 選挙に出るって噂が出ると色んな人間がつきまとってくるわ. お金をせびるために.」
ジーパン「何ですって!」
悦子「あなた方もそうなら,正々堂々といってらっしゃい. 人につきまとったりせずに.」
ジーパン「何?」
怒ったジーパンを山さんが制した.森岡夫妻は友人が待ってくると称して去った. まだジーパンは怒りが収まらないようだったが山さんには収穫があった.

屋上でボスと山さんが話した.ボスは署長に怒鳴られていた. 森岡悦子が山さんに言った事と同じ内容でだ.

その晩.山さんは清水きょうこと一緒に,彼女の事件当夜の足取りを追ってみた. 清水きょうこは風俗店の並ぶところでしゃがみこんでいた事までは覚えていたが, そこからどうやって家まで帰ったのか覚えていなかった. 清水きょうこを乗せたというタクシーの運転手もみつからなかった. 山さんは「思い出してくれ.」と一生懸命頼み込んでいた.だが
清水きょうこ「わからない.わからない.」
山さんは清水きょうこの肩を叩き,おでんの屋台へ連れて行った. そしておでんを食べた.

翌日.屋上で長さんは清水たかおの凍傷の事でわかったことを山さんに話した. 福富一郎は製氷会社も経営していた.人間は死んだ瞬間に急速に冷凍すれば, 死亡時間も誤魔化せる事がある.ジーパンのテーマが流れる中, 長さんは話を続けた.つまり清水たかおは殺されて, 製氷会社の冷凍車で新潟まで運ばれたのかもしれない. そうすれば誰一人目撃者がいないことも説明がつく. そして長さんは製氷会社を調べていた.時間外に誰かが車を動かせば, ガソリンの減り具合でそれがわかる.だがその車は一台もなかった. ということは製氷車を動かした男が減っただけのガソリンをまた入れて, 車を元に戻しておいたのかもしれない. 製氷会社から新潟の寄居海岸までにあるガソリンスタンドを, 今ゴリさんとジーパンが虱潰しに当たっているという.
長さん「ああ,もっと前に気がついて調べるべき事だったかもしれんな,山さん」
山さん「私も気づかなかったよ,そこまでは.」
長さんが山さんの方を見たとき,山さんはタバコを吸っていた. そして捜査一係室に戻って地図を見ていた時
ジーパン「ありましたよ,長さん.」
11月1日の夜に新潟県十日町のガソリンスタンドで, 冷凍車がガソリンを入れていたのだ.運転手は一人だった. しかも運転手の人相や年恰好が福富一郎と一致するのだ.
山さん「本当か?」
ボスもジーパンの方を見た.ジーパンは話を続けた. トラックの運転手のくせにあんまり上品な革の手袋をしているので, ガソリンスタンドの従業員が不審に思い,良く覚えていたのだ. だが残る難問があった.
殿下「しかし,もし殺されて運ばれたとしたら, 娘さんが目撃している事はどうなるんでしょうねえ.」
長さんは鉛筆で頭を叩いた.
殿下「まさか娘さんが両親の事でそんな嘘をついているとは思えませんよ.」
ボス「夢だったのかもしれん.」
長さんとジーパンはボスを見た.
殿下「夢?」
ボス「本当に夢だったかもしれんな,山さん.」
それを聞き,山さんは何か考え込んでいた.

山さんはもう一度清水きょうこをあの風俗街へ連れて来た. 清水きょうこは意識不明になるまで酔っ払った事はしょっちゅうあった. だが
きょうこ「そう言えばあの日…」
山さん「ん?」
きょうこ「起きた時,何だか目が痛かった.」
山さん「目が?」
きょうこ「引きつったみたいで.」
山さん「それは何故?」
きょうこ「わからない.わからない.わからない. 思い出すのはお父さんがお母さんを殺そうとしてるとこだけ. それだけしか思い出せない.」
清水きょうこは感極まって泣いてしまった.
山さん「もう止めよう.」
きょうこ「え?」
山さん「私が君に辛い思いをさせているだけかもしれない.」
きょうこ「いいのよ,刑事さん.どんなに辛くたって,あたしは平気. だって刑事さんはあたしの言った事信じてくれたんだもん. お母さんが男の人と付き合うような人じゃないって事. あたしがこれくらいの事するの,当たり前だわ.」
その時,消防車がサイレンを鳴らして通りかかった. それを聞いたきょうこは何か考え込んでいた.
山さん「どうした?」
きょうこ「音がしたわ.」
山さん「ん?」
きょうこ「消防車のサイレン.消防車のサイレン.夢の中であの音を聞いた. お父さんがお母さんを殺そうとした時,あの音がしてたのよ.あの音がしたわ, あの音が.」

七曲署で
山さん「ボス,被害者の娘は全く別の場所で, 殺人現場の記憶を叩き込まれていますね.」
ボスは肯いた.あの日,清水きょうこの家の近くでは火事は起きていなかった. しかし福富一郎の借りているというマンションの近くでは, スーパーの倉庫が焼けて数台の消防車が出動していた. ということは福富のマンションで記憶を叩き込まれた可能性がある. 福富は共犯かもしれない.
山さん「森岡慎一郎が被害者と付き合っていれば, 選挙に出ようとする森岡の邪魔になると考えたのかもしれません.」
ボス「有り得る事だが消防車の音だけじゃどうにもならんよ.」

一方,悦子は焦っていた. 刑事が森岡に付きまとっている事を悦子は福富に告げた. 福富は,自分は何もボロは出していない,と言った. 二十年前の手紙を清水美保がしまっていた事は福富にも意外だったが. 悦子は万一の場合は全ての責任をとってもらうと言い放った. 福富は,清水美保を殺そうと言い出したのは悦子だ,と言ったが, 悦子はそれだけの事は福富にしてあると開き直った.
悦子「私はね,例えどんなことがあっても森岡を日本最高の地位につけてみせる. 死んだあたしの父がつかもうとしてつかめなかった物を, あたしは森岡の手につかませてみせる.そのためだったら,あたし, どんなことでもやるわ.」

福富製氷株式会社に山さんが乗り込んでいた.警備員は, 社長の承諾を得ないと困る,と言ったが,山さんは, もうすぐ社長が来る,と言い,強引に製氷室に入り込んだ. その言葉の通り,福富がやって来た.福富は捜査令状の提示を求めたが, 山さんはそんな物は持っていないと開き直り,さらに誰かに呼ばれ来た, と言った.福富は誰に呼ばれたのかと聞いたが
山さん「わかりません.ここへ来れば何かがわかるって, 電話があったものですからね.」
福富は驚いた.
福富「私に電話をしたのはあなたじゃないんですね.」
山さん「いやあ,違います.でも,お蔭で面白い物を見つけました. ボタンですよ.」
山さんはボタンを持って言った.
山さん「海へ飛び込んだ清水たかおのボタンと同じボタンなんですがねえ.」
福富の顔色が変わった.
山さん「どうしてこんなところに転がっているんですかねえ.」
福富「知りませんね,そんなことは.」
山さんは話題を変えた.
山さん「へえ,寒いですな.」
福富「長くいると体が氷りますよ.」
山さん「死体なんかを氷詰するにはこりゃなかなかいい場所ですねえ.」
福富は無言だ.
山さん「瞬間的にできるん…」
福富「出ましょう.」
福富と山さんは外へ出ようとしたが,扉は閉まっていた.
山さん「どうしたんです?」
福富「あなたが閉めさせたんですか?」
山さん「いいえ.」
福富は大声で開けろと叫び,扉を叩いたが扉は開かなかった. それを山さんは涼しい顔をして見ていた.さらに福富は電話しようとしたが, 電話は切れていた.
福富「あんた,誰に呼ばれてきたんだ.」
山さん「わかりませんねえ.女の声でしたがね,電話は.」
福富「女?」
山さんはそれには答えず,訊いた.
山さん「このボタンは誰のなんですか?」
福富「そんなこと言ってる場合じゃないんだ.」
山さん「どうして死んだ人間と同じボタンがこんなところに転がってるんです.」
福富「知らん.ぼやぼやしてると我々は二人とも死んでしまうんだぞ.」
山さん「それはどういうことですか?」
福富「数時間も経たない内に我々は凍死するんだ.」
山さんは無言だ.福富は大声で開けろと叫び,扉を叩いた.
山さん「我々を殺そうとする人間でもいるんですか?」
福富の手が止まった.
山さん「福富さん.」
福富は振り返って山さんの方を見た.
山さん「福富さん,あんた一つだけへまをした.」
福富「え?」
マカロニのテーマが流れる中
山さん「清水たかおを溺れさせた海水ですよ.」
福富「知らん.」
山さん「海水に顔を突っ込んで溺死させるところまでは思いついたがねえ, その海水を新潟の海から運んでこなかったはずだ. 東京のそこら辺の海から汲んできた.」
福富「何の話だ.」
山さん「新潟の海は東京の海とは違うんだ. 清水たかおの胃から検出された海水は, 新潟の海とは比べ物にならないほど汚染していた.」
福富は絶句した.
山さん「遥々東京湾から新潟まで死体が流れていくにしちゃあ, 遠すぎるんでねえ.」
福富「その話はあの女にもしたのか?」
山さんは心の中でにやりと笑った.
山さん「あの女?」
福富「我々をとじこめたあの女だ.」
山さん「誰だ,あの女って言うのは.」
福富「ここを開けるんだ.そうしないと我々はこのまま死んでしまうぞ.」
山さんは無言だ.
福富「あの女のために死ぬなんて真っ平だ.」
山さん「森岡夫人なのか,あの女と言うのは.」
福富「殺そうと言い出したのはあの女なんだ.無理矢理やらされたんだ. あんなトリックを考え出したのもあの女なんだ.選挙に出る時, 女の事がスキャンダルになると困ると言ったのはあの女なんだ. だから俺は手伝ったんだ.だが嘘だ.あの女が殺そうと思ったのは, ただ清水美保が憎かっただけなんだ.夫に愛される女が憎かっただけなんだ.」
そこまで言うと福富はまた大声で開けろと叫び,扉を何度も何度も叩いた. そして扉が開いた.と同時に
長さん「一緒に来てもらいましょうか,福富さん.」
ジーパンもゴリさんも中に入った. ゴリさんはカセットレコーダを取り出していった.
ゴリさん「もう一度ゆっくり聞かせてもらいますよ,今の話.」
福富はからくりに気がついた.
福富「罠にかけたな,貴様.」
福富は山さんに掴みかかったが怒りに燃える山さんの返り討ちにあった.
山さん「貴様らも罠にかけた筈だ.何も知らない娘を. 父親が母親を殺すところを目撃した事がどんなにむごい事か, 貴様らは考えもしなかった!」
山さんは福富を投げ飛ばした.

こうして福富は長さんとゴリさんに連行されて行った.
ジーパン「よくボタンが見つかりましたね.」
山さん「ああ.」
山さんは自分の背広にボタンをつけた. あのボタンは山さんが自分の背広から取った物だったのだ.
ジーパン「山さん,海水の話は本当なんですか?」
山さん「自殺者の遺体をその場で綿密に調べはしないだろう.」
ジーパンは肯いた.
山さん「冷静なら福富も気づいていたはずなんだがねえ,このぐらいの事は. これ以外に方法はなかった.もし福富が引っかからなかったら, それまでだったがねえ.行こうか.」

その晩.「森岡慎一郎激励会」会場である銀座東急ホテルに山さんはやって来た. そして森岡悦子に逮捕状を見せつけた.
悦子「福富が喋ったのね.あの恩知らず.」
長さんとジーパンもやって来て悦子を連れて行った. ジーパンのテーマのスローバージョンが流れる中, それを森岡も驚いた顔で見ていた.山さんは森岡に言った.
山さん「パーティーが終わったら参考人として出頭してください.」
森岡「もう必要ありませんよ,このパーティー.全てが終わりだ. 私が美保と会った時から全てが終わりかけていたのかもしれません. 美保は初恋の思い出を十数年ずっと持ち続けてくれました. そして私と会った時,何の躇いもなく私の胸に飛び込んで来てくれた. それまでのあたしには野心しかなかった. この世の中に野心以外の事がある事を教えてくれたのは美保でした. それが妻には許せなかったんです.私が野心以外の物を持つと言う事を.」
山さんは黙って去って行ったが,森岡は尚も続けて言った.
森岡「野心以外の例えば愛のような物.」

しばらく経った日.山さんは清水きょうこを学校まで送っていった. きょうこは山さんに礼を言った.
山さん「君のためだけにしたことじゃないんだ.」
きょうこ「係長さんが話してくれたわ.おじさんの初恋が, お母さんの初恋を蘇らせてくれたんだって.」
山さんは頬笑んだ.
きょうこ「あたし,お母さん許してあげる. あたしにはいいお母さんじゃなかったけれど,でもいいの. 女同士として許してあげる.」
山さん「君にしてあげられる事はもう何もない.」
きょうこ「うん.私,ちゃんと生きていく.生きていけるような気がするの. 寂しくなったらまたおじさんに会いに行くわね.じゃ.」
山さんは学校の中に入って行ったきょうこを見て言った.
山さん「おじさんか.」

七曲署にやって来たボスに山さんは言った.
山さん「おじさんですかね,俺は.」
ボスは無言だった.
山さん「ま,そうでしょうな,お互いに.」
ボスは「馬鹿」と言うのであった.

次回は殿下の恋人が殿下の捜査している事件に巻き込まれ,危機に陥ります.

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東平 洋史 E-Mail: hangman@basil.freemail.ne.jp