2002年3月13日

「がんばれ! レッドビッキーズ」第39話「富士山に向って打て!」

脚本は上原正三.監督は田中秀夫. 多分,題名は故大杉勝男さんに打撃コーチが指導した時に言った言葉, 「月に向かって打て!」を意識してつけられたものでしょう. また舞台となっている山中湖畔には林寛子さんの別荘があったので, 地元との付き合いの関係で林さんが頼んでこのロケが実現したそうです. なお余談ですが,最近風邪をひいてしまい,腹を壊してしまいました. 皆さんも健康には十分注意しましょう.

カリカリはスランプに陥っていた. 上体と腰がばらばらで手だけで打とうとしていた. カリカリは太郎の加入に伴って焦っている,と令子は考えた. 一方,エジプトにいる幸一郎から絵葉書が届いていた. 文面はレッドビッキーズのことばかり.恵子は呆れてしまった. さらに工藤政治という人からも令子のところに手紙が届いていた. 住所は山梨県南郡山中湖村.令子には心当たりがなかった. ちなみに令子の家は東京都練馬区桜ヶ丘 1-22 にあるという設定.
令子「前略.私は山中チームの監督をしております工藤と申す者です. 実は私のチームのエースピッチャーである沢村真吾とお宅の島田剛君とは, 野球ペンフレンドとでも申しましょうか,いつの日か対戦して, 力いっぱいの勝負をしようとお互い励ましあってきた間柄なんだそうです. しかし,うちの沢村から送った挑戦状に対し, 島田君からは何の返事もないとの事で, こうして初対面のあなた様に不躾とは知りつつお便りを差し上げた次第です… カリカリが?」

翌朝.カリカリは一生懸命練習していた.毎日400回素振りしていた. 手に出来た血豆を潰してしまうほど激しい物だった.カリカリは焦っていたのだ. 令子はカリカリにその理由を尋ねた.カリカリは太郎の加入が原因だと答えたが, 令子は真の理由を見抜いていた.返事を出さなかった理由も.
令子「なぜ返事を出さないのか.それはホームランを打つ自信がないからよ, 沢村真吾君からね.そして焦った.ホームランを打ちたい.大振りになる. フォームを崩す.いくら練習しても深みにはまる一方だわ.」
カリカリは無言だった.
令子「ねえ,行きましょう,山中湖へ.」
カリカリ「え?」
令子「まず対決するのよ.沢村真吾君とね.」
こうしてレッドビッキーズは山中湖へ遠征に出かけることになった. カリカリのスランプ脱出のきっかけになると令子が考えたからだ.

バスの中で令子とカリカリは真吾の話をした. 写真で見る真吾はピッチャー向きの体格をしていた. 真吾は12三振を奪った事もあった.しかも真吾の防御率は1点台だった. レッドビッキーズの面々を工藤達,山中チームのナインが出迎えた. 工藤に促され,沢村とカリカリは挨拶をかわした. 沢村の態度はどこかぎこちなかった.試合は翌日. レッドビッキーズの面々は「英気を養う」事になった. なぜかよし子も炊事当番と称して遠征に参加していた. 令子は馬に乗り,コーチと太郎と工藤は釣り. カリカリは沢村と一緒にボートに乗っていた. 沢村はスケートが好きだが釣りは嫌いだとカリカリに言った. これを聞いてカリカリは首をかしげた.

夜はバーベキューとキャンプファイヤーだ. ピーマンを美味しそうに食べる沢村を見ながらカリカリは首をひねっていた. ジュクとノミさんは翌朝カリカリの特打を手伝うことを申し出ていた.

翌朝.山中湖畔でカリカリの特打が始まった.だがカリカリは考え込むばかり. その理由は
カリカリ「監督,真吾がおかしいんだ.」
令子「真吾君がどうかしたの?」
カリカリ「手紙と違うんだ.」
令子「手紙と違う?」
カリカリ「冬の山中湖でワカサギ釣りをするのが好きだって書いてあった. それなのに,昨日聞いたらスケートのほうが好きだって.」
令子は笑ったが
カリカリ「それから手紙によると真吾はピーマンが大嫌いなんだ. それなのに夕べは食べていた.」
令子は人の好みは変わるわよと言い,ジュクやノミさんは神経質になりすぎだ, と言って練習再開.とその時,工藤と沢村が墓参りするところを, 令子達は目撃した.その墓は何と沢村真吾の墓.令子達に工藤が言った.
工藤「沢村真吾は二ヶ月前に亡くなりました.」
カリカリを出迎えた沢村とは弟の真二だったのだ.工藤は令子達に理由を話した. 真吾は山中チームのエースだった.その速球は中学生にも打てないくらいだった. ところが一年半くらい前から真吾は脳腫瘍を患い,ずっと入院生活を送っていた. カリカリと文通を始めたのは一年位前.手紙に書いてあった, 「12個三振を奪った」とか「もっか12連勝中」というのは真吾の作り話で, 全て病室の中で天井を眺めながら,こうなりたい,こうありたい, そう言った夢や希望を手紙に書いていたのだ.カリカリに送った写真は, 入院中なので真二のユニフォーム姿を撮った物だった.
工藤「これが真吾の写真です.」
カリカリは工藤が出した二枚の写真を見た.一枚はユニフォーム姿. もう一枚は病院のベッドの中でグローブをはめ,ボールを握っている物.
真二「兄ちゃん,会う度にゆうとった.」
真吾はいつも退院したらレッドビッキーズと対戦すると言っていたのだ. カリカリとの約束を守るためにだ. 真吾はカリカリの写真を真二に見せながら言った.
真吾「なーに,返り討ちさ.空振り三振さ.」
話し終わった真二は感極まって泣いてしまった.
工藤「騙したことは重々お詫びします. でもどうしてもレッドビッキーズと真吾のために.申し訳ありません. 許してください,島田君.」
カリカリは真吾の写真をじっと見つめ,そして真吾の墓を見るのであった.

CMが終わり,レッドビッキーズと山中チームとの試合が始まった. まず一点とられてしまった.カリカリは考え込んでいた.
工藤の声「真吾の作り話です.こうありたい,こうなりたい, そういう夢や希望を君に書き送ったんです.」
そのため,ファーストゴロを捕れず,バッターランナーが生きてしまった. 続くファースト正面のゴロもお手玉し,三塁走者が生還して,バッターも出塁. 続く打者は 6-4-3 のダブルプレーに切って取ったが, 結局山中チームは初回の表に3点を入れた. 三回裏の攻撃.ナッツが出塁し,センターが凡打に倒れた.
よし子「シゲ,ホームラン頼むよ,ホームラン.」
シゲはホームランにはならなかたがヒットを打ち,満塁にした. カリカリに打席が回った.だがカリカリは三球とも空振りして三振した. 早くも令子はトータスの代打に太郎を送った. 太郎は真二の球を二球続けて空振りしたが, 三球目をジャストミートし,ホームラン.皆大喜びしたが, 独りカリカリだけはベンチでうなだれていた.ノミさんは凡打に倒れた. 令子はノミさんに代えてジュリを入れた.
工藤「富士山までかっ飛ばせ!」
山中チームのナイン「富士山までかっ飛ばせ!」
カリカリがミスを重ね,山中チームは得点を重ねた. こうして向かえた最終回.5対3で山中チームがリードして向かえた. 令子は,チェンジまで諦めないで,と言った. スタイルとナッツが連続して凡打に倒れた.しかし,センターとシゲが出塁. 二死一,二塁でカリカリに回った.
オーナー「おい,今日の島田は当てにならんぞ.」
ペロペロ「太郎ならホームランが期待できるのになあ.」
だが令子はカリカリに賭けた.カリカリは初球を見送りのストライク. 二球目を空振り.あっと言う間に追い込まれてしまった.令子はタイムを取った.
令子「何よ,今の気のないスイングは.」
カリカリ「俺だって精一杯振ってるよ.」
令子「真吾君はね,亡くなる寸前まで君と対決することを夢に見ていたのよ.」
カリカリはうなだれた.
令子「君は裏切っているわ,真吾君を.あの富士山に向かって打ちなさい, 思いっきりね.」
カリカリは肯き,打席に入った.ボールカウントは
審判「ツーストライクワンボール.」
辻褄が合わないような気がするが,無視しよう.閑話休題. カリカリは真二をじっとみつめた.令子も工藤も二人をじっと見た. カリカリには真二の姿が真吾に見えた.
工藤の声「真吾は島田君との対決を心の拠り所にしとったようです. 元気になりたい一心で手術にも耐えて.」
そしてカリカリは真二の投げた球をジャストミート.見事に外野の頭を越えた. カリカリの脳裏には真吾の姿が映っていた.
カリカリの声「真吾,見たか.俺は打ったぜ.ホームランだ.」
真吾の声「島田,俺の負けだ.ちきしょう.」
真二はうなだれた.ランナーが帰ってきた. だがカリカリは打席に立っていたままだった.
コーチ「島田,走れ.走れ.」
我に帰ったカリカリは走った.
真吾の声「島田.島田.」
カリカリの頭の中を色々なものが駆け巡った.真吾の姿,自分の特訓など. カリカリはホームインした後,富士山に向かって叫んだ.
真吾「真吾,打ったぞー.」
カリカリは真吾との約束を果たしたと同時に, スランプ脱出のきっかけをつかんだのであった.

次回は模擬試験とエリートスターズとの対戦を前にし, 焦って突き指したジュクを見て, ノミさんが太郎をキャッチャーに指名するという強攻策に打って出ます. さあ,どうなるか.

「太陽にほえろ!」第230話「ピアノ ソナタ」

脚本は桃井章.監督は竹林進.主役は殿下.

演奏会の会場である女(金沢碧)がピアノでソナタを演奏していた. そこへ殿下とボンが入ってきた.
殿下の声「なぜだ.わからない.どうして彼女が桑田なんかと.なぜだ. あの事件が起きたのは…」
殿下はある殺人事件を思い出していた.
殿下の声「被害者はスキャンダル専門のトップ屋佐伯ひさし,35歳だった. 目撃者の証言,現場に残された煙草の吸殻から, それに被害者の体内から摘出された弾丸の条痕検査の結果から, 犯人は龍神会幹部を射殺し,そのまま逃走していた桑田和男と断定された.」
山さんとボンは戸川組の事務所を捜索した.
殿下の声「我々の必死の捜査にも関わらず, 桑田の行方はようとしてつかめなかった. だが殺された佐伯のアパートを調べている時,一枚の写真が出てきた. その写真には,パリのショパンコンクールで優勝して帰国してきた, 新進ピアニスト小暮裕子と,殺人者桑田和男が写っている. どうして彼女が桑田と一緒の写真に.どうして. しかし演奏している彼女の顔には何の影もない. ピアノにとりつかれているようだ.だが…」
小暮の演奏が続いていた.演奏が終わった後,殿下とボンはあの写真を見せ, 桑田和男を知っているかどうか尋ねた.小暮は名前だけはと言い, 佐伯から聞くまでは名前さえも知らなかったと言った. あの写真も二週間前に偶然会った時の物だと小暮は主張した. 佐伯から強請られた時も突っぱねたので, その後佐伯は接触してこなかったと言う. さらに小暮は佐伯が殺された事件を知らなかった. 新聞に大きく出ているはずなのにだ.小暮は,忙しくて新聞を読む暇もなかった, と言い,さらにこう言った.
小暮「そうですか.桑田があの男を殺したんですか.」
殿下は小暮のこの言葉が引っ掛かった.

単純なボンは小暮は白だと明言した.桑田は前科6犯の暴力団員. 小暮裕子はパリ帰りの新進ピアニスト.だが,殿下は次の二点に不審を抱いた. 佐伯は恐喝まがいのことをして金を得ていたプロだ. 確証のないことで脅しをかけたり,断られただけで引き揚げるのはおかしい. それに小暮はこう言った.
小暮の声「そうですか.桑田があの男を殺したんですか.」
小暮にとって気がかりなのは恐喝してきた佐伯の方の筈だ. それなのに小暮は佐伯が死んだことよりも, 桑田が佐伯を殺した事の方に関心を持っていた. あの喋り方はそういう口調だ.言葉のはずみだというボンに
殿下「かもしれない.だが人間って,心の中に思っていることが, 自然と言葉になって出てくるもんじゃないかなあ.」

殿下は小暮裕子を徹底的にマークした.
殿下の声「それは勘だった.小暮裕子は桑田和男を知っている. だが尾行をして二日,彼女の周りにさしたる変化はなかった. 結びつかない.どうしても結びつかない.彼女と桑田和男が.」

戸川組の捜査でも収穫はなかった.アッコは小暮が桑田と関係がないと主張した.
アッコ「彼女,親に捨てられて孤児院で育てられたんです. それなのに独学で勉強して才能を認められて, ショパンコンクール優勝までしたんです.」
そこへ報せが入った.桑田が竹芝桟橋に現れたというのだ.

山さんと長さんが竹芝桟橋に急行した時,既に桑田の姿は消えていた. だが検問を振り切って逃げるタクシーが.ボンはそのタクシーを追いかけた. そのタクシーには桑田が乗っていた.運転手は桑田に脅かされていたのだ. ボンは殿下に応援を頼んだ.ボンの車はクレーン車に阻まれたが, 殿下の車がタクシーを止めるのに成功した. タクシーから降りた桑田は走って逃げた.そして少女を盾に逃げようとした. 少女マミは兄に助けを求めた.兄が飛び出すのを見て殿下は咄嗟に兄をかばった. その時,桑田が拳銃を撃ち,殿下が負傷した.桑田はマミを置いて逃げた. 駆けつけたボンに殿下は桑田を追えと命じたが,結局, 桑田には逃げられてしまった.マミを慰める兄を見て殿下は何かを思った.

アパートに帰った殿下に妹の京子(中田喜子)から手紙が届いていた. それがきっかけで殿下は昼間のことを思い出していた.
殿下の声「子供なんかそのままにして逃げるのが自然だ. それなのに桑田は…」
桑田は少女を盾に取り
桑田の声「よせ.よせ.近づくんじゃねえ.」
そして殿下は少女の兄がマミに呼びかけたのを思い出した. さらに自分と京子が写っている写真を見てあることに気がついた.
殿下の声「まさか.」

その夜.桑田は三宅島へ逃げるつもりだった. ボンは警戒が手薄だからだと考えた.だがゴリさんと長さんは, その意見を否定した.ゴリさんは,もっと安心して身を任せられる所を選ぶ筈だ, と言い,長さんは,万が一見つかった時に小さな島では逃げ場所がなくなる, と言った.それを聞いたボンは,三宅島に桑田の見内か知り合いがいたからでは, と思い当たった.ボスもその意見に賛同し,スコッチに三宅島へ行くよう命じた. そこへ殿下が現れた.桑田には妹がいたのだ.幼い頃に両親が離婚し, 母親に引き取られたが,その後,妹はどこにいるのか, 生きているのかさえも判っていないはずだ,とボンは答えた. 殿下は調査結果を報告した.別れた母親の名前は小暮と言った. その妹の名前は小暮有子.長さんは,母親が生活に困って捨てた可能性もある, と言った.だが彼女の名前は小暮裕子だ,とボンは主張.とは言うものの, 4歳の子供は漢字は知らない,孤児院で名前を聞かれたら 「こぐれゆうこ」と言うのが精一杯だ,と山さんは主張. それを受けて,孤児院の方で今の裕子にしたと殿下は報告. さらに殿下は桑田と小暮裕子が兄妹だとすると何もかも納得が行くと言った. 桑田と小暮が会っていた事も,リサイタルを控えた小暮裕子が, 必死になってそれを隠そうとしていた事も.佐伯がそれをネタに恐喝した事も. さらに桑田が妹の事を思って佐伯を殺した事も.
ボス「彼女に確かめる必要があるな.」

殿下は小暮にそのことを聞いた.小暮は笑って兄がいることを否定した.
殿下「雰囲気です.」
小暮「雰囲気?」
殿下「ええ.例え顔が似ていなくても兄妹って言うのは, どこか雰囲気が似ているものなんですよ.」
小暮「そんな.」
殿下「僕には妹がいますんで他人から良くそう言われるんです. そう言われて妹の写真を見てみると,なるほど, 血がつながってるなって感じるんです.」
小暮は殿下から目を外らした.
殿下「桑田も逃走中にあなたの出た週刊誌の写真を見てそう思った. 名前も似てるし,ひょっとすると幼い頃に別れた妹じゃないかと. それであなたに連絡してきた.」
小暮は躍起になって否定した.そして証拠があるのかと開き直った.
小暮「あるわけありませんわ.当のあたしだって何も覚えてないんですから. あたしが家族のことで覚えてることと言ったら,母親と一緒に動物園に行って, 気がついたら母親の姿がいつのまにか見えなくなっていた. ただそれだけなんです.」
それを聞いた殿下はしんみりしてしまった.

殿下は無線でそのことを報告した.だが
殿下「だけどボス,桑田は必ず連絡してくると思います. ここまで追い詰められたら彼女以外に頼る人間はいないはずです. 兄妹ってそういうものじゃないでしょうか.」
ボスは張り込みを続けること,そして十分気をつけるように命じた.
殿下の声「幼い時に親に捨てられて孤児院へ.どれだけ苦労したか. その彼女がピアニストとして有名になった.ピアノだけで.」
その頃,ゴリさんやボン達は聞き込みを続けていた.

翌朝.小暮は部屋でおもちゃのピアノをいじり,「シャボン玉」を弾いた. その時,電話が.何と相手は
桑田「俺だ.裕子.」
小暮は殿下にその事を伝えた.だが脅迫だと言った.
小暮「夕べ遅く桑田から電話があったんです.今日の10時に500万円紙に包んで, 新宿西口公園の噴水の前の公衆電話に置いとけって. そうしなければ例の写真をジャーナリズムにばら撒くって.」
小暮は桑田と佐伯がぐるだと主張し,殿下に助けてくれと懇願した.

殿下は小暮が桑田に脅されていると言ったことを電話でボスに告げた. ボスは殿下に引き続き小暮の身辺を警戒するように命じた. 山さんは小暮の言っていることが嘘かもしれないと考えたが, それでもボスは念のために新宿西口公園を見張るように命じた. 皆が出た後,ボスは例の写真を見て考え込んでいた.その頃, 小暮裕子はおもちゃのピアノをいじっていた.
殿下の声「兄妹じゃないのか.いや,そんなことはない.二人は兄妹だ. だったらなぜこんな芝居を.」
そのとき
小暮「あら,おかしいですか?」
殿下「いや.だけど新進ピアニストのあなたが, こんなピアノで童謡なんて弾くとは思わなかった.」
小暮「あ,息抜きなんです,あたしの.」
殿下「ピアニストがピアノで息抜きなんですか?」
小暮「あ,そういえばちょっと変ですね.」
小暮裕子も殿下も笑った.
小暮「でもこのピアノ,こうして叩いてるとホッとするんです.」
殿下の声「こんな時にどうして童謡なんか弾けるんだ? 京子.シャボン玉.」
突然,小暮は「シャボン玉」の演奏を止め, 別室にある本物のピアノでリサイタルの練習を始めた.

新宿西口公園を七曲署の面々が見張っていた.殿下は小暮の部屋にいた. 小暮が弾くピアノの音が別室から流れていた. そして殿下はおもちゃのピアノに目をやった.
殿下の声「二十年も離れていた兄妹.俺と京子だったら…」
10時45分頃.桑田は公園には現れていなかった. ボスはあと30分経っても現れなかったら,引き揚げるように命じた. その時,七曲署に電話が.何と桑田が拳銃で自殺したと言うのだ. 電話で殿下はそのことを知った.そこへ小暮が出てきた.
殿下「桑田が死にました.」
小暮「そうですか.」

現場に駆けつけた殿下にゴリさん達は自殺らしいと言った.だが, 桑田の服からは硝煙反応が出なかった. という事は何者かが至近距離で拳銃で桑田を撃ち殺した後, 桑田の手に拳銃を握らせたことになる.龍神会が復讐したとしても, そんな手の込んだことはしないだろう.それに, 警察が総動員しても見つけ出せなかった桑田を龍神会が見つけ出せるはずがない. 山さんは小暮裕子が犯人ではないかと考えた.長さんは, 殿下が小暮裕子の部屋にずっといて, 彼女がピアノを弾いているのをずっと聞いていたことから,その説を否定した. 殿下は,確かにピアノの音は聞こえていたが, 姿は9時過ぎから10時過ぎまで見ていないことを報告した. さらに山さんやゴリさんは演奏はテープなどでごまかせるし, 非常階段や非常梯子などを使って脱出も出来ると主張. ボスは殿下の意見を求めた.
殿下「わかりません.」
ボス「わからん?」
殿下「ええ.確かに今の状況では彼女が殺した可能性がないとは言えません. しかし,どうしても信じられないんです.」
ボスは殿下をじっと見た.
殿下「彼女と桑田は実の兄妹です. 例え殺人犯の兄がいることを世間に知られてることを恐れたとしても, 妹が実の兄を殺すなんて.そんなこと.」
山さんはこう反論した.
山さん「しかし,兄妹の愛しさというのは, 血のつながりで出てくるもんじゃない.血がつながっていなくても, 一緒に生活すれば愛しさが生まれてくる.それが人間の情けと言うものだ. それと反対に桑田と彼女は二十年以上もお互い別々に生きてきた. 例え血がつながっていたとしても,そんなに離れていたら, 兄妹という感情が沸かなくなる場合もあるんじゃないでしょうか.」
義理の息子を育てている山さんが主張するからこそ重みの出る発言だ.
殿下「いや,二十年も前に別れて,それぞれ苦労して生きてきたからこそ, 彼女の兄を思う気持ちは余計強かったんじゃないかと思いますよ. しかし,会ってみたら変わっていた.思っていた兄とは違っていた.」
ボスは小暮裕子を参考人として引っ張ることを殿下に命じた.

小暮裕子はピアノのリサイタルを目前にしていると言う理由で, 殿下とボンを叩き出した.外へ出た殿下は, クリーニング屋の配達員の自転車に気がついた. そしてクリーニング屋に出していた小暮裕子のコートから硝煙反応が出た. ボスは殿下に小暮裕子を引っ張ることを命じた.
山さん「やりきれぬもんですね.色々な事件にぶつかりましたが, 肉親の殺し合いほど耐えられないものはありません.」
ボスは肯いた.そこへスコッチが老婆を連れて三宅島から戻ってきた.

小暮裕子はピアノの練習を続けていた.そこへ殿下が現れた. 殿下は思い出していた.
小暮の声「兄ですって? あの桑田があたしの兄だって言うんですか?」
小暮の声「気がついたら母親の姿がいつのまにか見えなくなっていた.」
小暮の声「あたしを助けてください.リサイタルまであと三日しかないんです.」
小暮の声「でもこのピアノをこうして叩いてると何故だかほっとするんです.」
曲が一段落した.殿下はゆっくりと歩いて近づいた.
殿下「署までご同行を.」
答える代わりに小暮裕子は「シャボン玉」を弾きだした.そして言った.
小暮「覚えてるんです,あたし.父と母が離婚した年, 村のお祭りに父が四つだったあたしを連れてってくれたんです. 盆踊りでみんなが踊っていて,いくつも夜店が並んでいて, 父は私におもちゃのピアノを買ってくれたんです. 勿論,父は気紛れで買ってくれたんでしょうけど, あたしは飛び上がるように嬉しかったの.それからと言うもの, 暇さえあれば,そのおもちゃのピアノを叩いていたんです. ある時,当時九つの兄が小学校で習ってくれた歌を歌ってくれたんです. あまり何回も何回も歌ったんで自然にメロディーを覚えてしまって, いつのまにか,ピアノでその歌を弾くようになったんです. 四つのあたしと九つの兄と.歌とピアノと.」
そう言ってから小暮裕子は「シャボン玉」を弾いた.
小暮「それがきっかけと言えばきっかけと言えるかと思います. 私がピアノに興味を持った.でも,なまじ才能を認められてから,レッスン, レッスンでピアノを楽しいと思ったことなど一度もありませんでした.」
殿下は小暮裕子をじっとみつめた.
小暮「けど,あたしにはもうピアノを引き続ける以外なかったんです. 弾いて弾いて引き続ける以外,どうしようもなかった. 一流のピアニストになること.それが孤児だったあたしをここまで育ててくれた. 大勢の人達の楽園.義務だったんです.」
小暮裕子は泣き出した.
殿下「そのためには殺人犯の兄がいる事が知れたら駄目になる.だから桑田を, 実の兄を殺したんですか.なんのためらいもなく殺せたんですか. 四つの頃から捜し求めていた,たった一人の兄を.答えてください.」
小暮裕子「私の兄は九つなの.いつまでも九つなんです.」

殿下が小暮裕子を連れて外へ出ると山さんと老婆がいた.
山さん「お母さんだ.」
老婆「裕子,裕子なんだね.」
老婆は裕子に駆け寄り,膝を突き,頬擦りし,泣きながら謝った.
老婆「御免よ.許しておくれ.母さんが悪かった.裕子. お母さんが悪かったあ.」
それを山さんと殿下はいつまでもいつまでも眺めていた.

殿下は裕子のピアノの置いてある部屋に入った. そこにはオープンリールのテープレコーダーがあった. テープを再生すると,桑田が殺された夜に殿下が聞いた曲が流れてきた. そして殿下は裕子が弾いていたおもちゃのピアノで「シャボン玉」を弾いた.
小暮の声「私の兄は九つなんです.いつまでも九つなんです.」
そこへボスがやってきた.
ボス「妹さんのこと,考えていたのか?」
殿下「いえ,そんなことは.」
ボス「殿下のことなら大丈夫だ.間違ったって殺し合いなんてしないだろう.」
殿下「そりゃまあ,そうですけど. でもだんだん他人みたいな感情を持てなくなるんじゃないかと. まだ三年しか別々にいないのに兄妹だなって思うのは, ときたま用もない電話を掛けたり,手紙をくれた時だけで, 他には全く妹のことなど思いもしないんですから.」
ボス「それでいいじゃないか.」
殿下「え?」
ボス「お互い大人なんだから, 子供の時のようにそう会ったり話したりする事はできんさ. だが何かの時にふっと会ってみたくなったり,話してみたくなる. それが兄妹じゃないのか.俺には兄妹がいないんで良くわからんが.」
殿下「ボス…」
ボスは郵便切手を沢山買ってきていた.
ボス「さっき小銭がなかったんで郵便局で買ってきた. これだけあったら,京都の妹さんに相当書けるぞ.」
殿下「ボス,すいません.」
ボスは「誰がやるって言った.五千円だぞ.両替してやるだけだぞ.」と, 言うのであった.

次回はゴリさん主役編.またも兄妹の絆がテーマなのか?

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東平 洋史 E-Mail: hangman@basil.freemail.ne.jp