2001年11月28日
「がんばれ! レッドビッキーズ」第26話「熱球をわが胸に」
脚本は上原正三.監督は田中秀夫.
朝令子はお母さんに叩き起こされた.機嫌の悪い令子にお母さんは,
お父さんが新聞に少年野球大会が開かれるという記事を見つけたと言った.
機嫌を直してお父さんの話を令子は聞いた.早速メンバーに令子はその話をした.
皆頑張ろうと張り切ったが,ノミさんは自信がなかった.
早速荒川先輩と一緒にコーチは特訓を開始した.
ノミさんの防御率は7点台.四球で走者を出し,
打たれて返されることが多かったからだ.
そこでノミさんはコントロールをつけることにした.
その晩.ノミさんは四球を連発して満塁にし,
ヒットを打たれて点を取られる夢を見た.
起きてシャドーピッチングをしようとしたノミさんは肘を痛めてしまった.
医者の診断結果では軽い炎症があるもののそれ以外の異常はなく,
投球にも支障がない筈だった.
だが練習の時もノミさんは肘に痛みを感じてしまった.
その晩,ノミさんのことを心配する令子にお父さんは,心因性のものではないか,
と言った.東京大会の重圧に気持ちが耐えられなくなったではないかと言うのだ.
次の日.令子がノミさんの家へ行ってみると,
ノミさんは弟を連れて散歩に行っていると言う.
令子はノミさんを川原へ連れ出し,ノミさんの肘の包帯を取って言った.
「嘘.君はピッチングから逃げてるわ.逃げて,逃げて,逃げまくってるわ.」
「嘘だ.逃げてなんかいるものか.」というノミさん.
令子はバケツを置いてキャッチャーに見立ててボールを投げさせた.
だが投げても投げてもバケツにボールは入らなかった.「僕は臆病者だ.
ノミの心臓だ.だから逃げのピッッチングになる.フォアボールを連発する.
そしてヒットを打たれる.僕には,僕にはピッチャーの資格なんてないんだ.」
とノミさんは言って去ろうとした.
令子は「レッドビッキーズのエースピッチャーはあなたよ.あなたしかいないわ.
だから練習をすべきよ.練習を.」ノミさんは立ち止まった.
「待ってるわ.明日の朝,ここで.」夕方.川原でお父さんは令子に言った.
「ピッチングと言うのは難しいもんだよ,令子.心技体.三つが揃わなければ,
満足な投球は出来ないんだよ.例えプロ野球のピッチャーでも,
心の準備が出来ないままマウントに立つと打たれる.魂が入ってないからだ.」
「魂?」お父さんはうなずいた.「片瀬君の心の病は相当に深い.
しばらく時間が必要だと思う.」だが令子は待っている時間はないと言った.
どうするというお父さんに令子はきっと直して見せると答えた.
その晩.ノミさんはずっと考え込んでいた.そして翌朝.
ノミさんは川原へやってきて,あのバケツに向かって投球練習を開始した.
だが相変わらずコントロールが悪かった.
そこへマスクとレガースとプロテクターをつけ,
ミットを持った令子がやってきた.「ピッチングと言うものはね,
難しいものなのよ.心,技,体.
この三つが揃わなければ満足な投球は出来ないわ.
例えプロ野球のピッチャーでもね,心の準備ができないままマウンドに出て,
投げると打たれるわ.魂が入ってないからよ,ボールに.」
さらに令子は言った.「魂を込めて投げて御覧なさい.」
令子はキャッチングもできないのに,ミットを構え,
ノミさんにボールを投げさせた.それでもコントロールは良くない.
令子はレガースを取った.危ないと言うノミさん.
「ボールが取れるまで,防具を取るわ.これは真剣勝負よ.」と令子は答え,
ピッチングを続けさせた.さらに令子はプロテクターもマスクも帽子も取り,
目隠しをしてミットを構えた.嫌がるノミさんに「投げなさい.投げるのよ.」
意を決したノミさんは球を投げた.その球は令子のミットにそのまま入った.
「ストライク1.」次の投球も「ストライク2.ラストボール.」
そして3球目も令子のミットにおさまった.ノミさんも令子も涙を流し,
抱き合った.それを陰から見ていたジュクも涙を流していた.
川原にはレガース,マスク,プロテクター,ミット,帽子,
目隠しの布が転がっていた.
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東平 洋史
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