本日20時台に、筑波大学からアクセスがあった。 以前書いたように、 私はアクセスログをとっている。 もっとも、infoseek の設備を借りているので HTTP サーバのログを 直接見ることはできないので JavaScript と CGI を併用してとっている。 筑波大学? はて? 今、親しくしている人はいないのだが…と思って考えてみて、 あることに気がつき、clu2c用の パッチ配布用ディレクトリのカウンタを見てみたら、 同じマシンでアクセスした記録が残っていた。なるほど。もしかしたら、 あの方なのだろうか。実は私、木村研関係者の人との付き合いが切れてしまい、 木村研関係者の人にはあのパッチを作ったことを報告していない。 なので、牛嶋さんや元々のチームリーダーである E さん達には お知らせしていない。 この二人が中心になって今の clu2c ができたようなものなのだが、 残念ながら、お二人とも clu2c をメンテナンスする余裕がないようだ。 そこで不肖私めが前田修吾さんのパッチを微調整してみたというわけだ。 前田さんの御苦労がなければ私がメンテすることはできなかったかもしれない。
clu2cのライセンスは MIT ライセンスになっている。 だから元になった部分の著作権を表示していれば再配布も改造も可能になっている。 clu2c はパーザ部分が MIT 製の処理系 CLU の流用で、 GCにはBoehmのGCを使い、 コード生成部とライブラリファイルを東京工業大学理学部情報科学科木村泉研究室で 作成して作られた。 ちなみに私の担当した部分も少しだけあってドキュメントに痕跡が残っているが、 牛嶋さんの大改造(日本語対応)によって文字列型の箇所は跡形もなくなってしまった。 それに、この間デバッグする時に動かしてみたらハードウェアの性能向上により 16年前よりも体感速度が速くなっていた。 だから当時私の行なった作業は無駄だったのではないかと思ってしまった。
ところで、ライセンス関係で未確認のところがある。 前田さんの行なった作業と私が最近行なった改変部分の扱い、 それから木村泉研究室は木村泉先生の退官(木村先生は再就職先も退官されている)により消滅したので、 その辺りの処理がどうなるのかが私にはまだわからない。 東京工業大学理学部情報科学科が受け継いでいるのだろうか? 著作権を主張するつもりはさらさらないが、一応、 はっきりさせた方がいいと思っている。 まあ私が著作権を主張したら、Eさんあたりに「東平、 また人の褌で相撲をとって」と言われてしまうかもしれない :-) それに私は木村研出身の他の方とは違って研究からはセミリタイアした身なので、 本腰を入れるつもりはない。 あくまでも一ボランティアである。
はっきり言って Java や Ruby などが強力なので、 今更 CLU を使う人は皆無だと思うが、 大井川鐡道で走っている SL を残すのと同様、 過去の技術を保存するのは大切なことだと思っている。 そういえば、久野さんは私と同様、鉄道ファンだったなあ。 12月23日に富山地方鉄道の路面電車が延長されるので、 日本全国の鉄道路線完全乗車のタイトルを守るため、 12月26日辺りに富山へ行こうと思っている。 余談だが、履歴書に完全乗車のことも書いたら、 部長さんは今になってもその話ばかりふってくる。
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