第二十二回

娘を監禁して弄んだ金持ちの息子と有光との対決
クレージーライダー

脚本:松田寛夫 監督:宮下泰彦

ここは工場団地の真中. ハーケンクロイツに十字架のついたペンダントを首にぶら下げ, 黒い皮ジャンを着た男がバイクにまたがり,双眼鏡を覗いていた. 彼は毎日,毎日,ここへ来て双眼鏡を覗いていたのだ.女を物色していたのだ.
男「顔はまずまずだな.だが大女は好みじゃない.それに太り過ぎだ. もっと小柄で胸も腰も少年のように痩せてほっそりとしてなけりゃあ.」
そしてその日,好みの少女が見つかった.男は卑猥な笑みを浮かべ, ヘルメットをかぶって革手袋をはめ,オートバイで娘の後をつけた. 少女の家庭は貧しかった.半身不随の父.病気がちの母親.そして幼い弟二人. そんな生活の全てが僅か17歳の少女の肩にのしかかっていたのだった. 父親が寝ている傍らで母親と弟達は内職の造花作りに精を出していた. その少女が男に羅致されたのだ.

少女の失踪後,三日目の昼下がりの事である. 男はパイナップルやらパンやら新聞を買い,マンションに戻って来た. その部屋に男は住んでいた.そして少女を監禁していた. 少女は下着だけにされ,後ろ手に縛られていた.
少女「待って.お願い.うちに帰らせて.」
男は黙って細かく切ったパンとジュースを運び去り,台所で捨てた. そしてまたフランスパンを切り,コップに牛乳を入れて運び込んだ. 少女の縄を解き,自分は自室に戻った.そしてレコードをかけ, 自分はマンゴーを食べながら新聞を読んだ.少女は何も食べようとはしなかった. 隙をうかがって部屋から出ようとしたが,男にみつかってしまった. 男は少女を連れ戻した.少女は果物ナイフを手にとって対抗したが, 男には敵わず,果物ナイフを取られて上に元の部屋に戻されてしまった. 少女は助けを求める為,何度も何度も「助けて」と叫んだが, このマンションはコンクリートでできているので叫び声は外には漏れなかった. こんな暮らしを三日も少女は強いられていたのだ.

さて男が食堂に来ていた.男はあのペンダントをぶらさげてはいなかった. 偶然なのか,それとも何か魂胆があったのか, 有光と矢野もこの店に来ていた.外では若者が薬に酔い, オートバイを乗り回していた.その様子を見て矢野は憤りを感じていた. 若者は金持ちの子供達.ポケットには万札を沢山詰め込み, オートバイも三,四十万するもの.どうせ土地成金かなんかも息子達だろう. 庶民は物価高で食うのに精一杯.ふざけた話だ.有光も腹を立てていたが, 矢野の愚痴には深く取り合わず,店員に物を尋ねていた.
有光「こんな形をしたペンダントぶらさげた男,見た事はないか.」
有光はハーケンクロイツをストローで描いた.店員は知らない様子だった. 男が反応した.
男「ハーケンクロイツですね.」
有光「いやあ,それもただのハーケンクロイツじゃない. センターの部分にどくろのマークがついている風変わりな代物だ.」
男「ハーケンクロイツにどくろのマークか.」
矢野は男に教えてくれと頼んだ.男は思い出せないと言った.
男「どういうわけで探しているんですか. そのハーケンクロイツのペンダントをぶら下げたとか言う男を.」
有光「ホシだよ.」
男は矢野の方を見た.そして有光の方を見た.有光は男に近寄りながら言った.
有光「俺達の追っている事件のね.」
有光と矢野は男をはさんで座るかっこうになった.
男「でもお宅達,刑事には見えないけど.」
矢野「刑事じゃなくたってホシは追うさ.」
男「じゃあ,事件屋だ.」
有光「やけに察しがいいなあ.」
男「犯罪一筋のマニアだからですよ.(矢野の方を向いて)で事件は一体何なの?」
有光「それがわからんのさ.」
男「わからんて?」
有光「うん.」
男「冗談でしょう.どんな種類の犯罪だか,それすらわからない事件なんて, 小説の世界でも聞いた事がない.」
矢野「小説なんて糞食らえだ.四日前の夕方, 工場に勤めていた17歳の娘が蒸発した. 今度の事件ではっきりしているのはそれだけだ.」
男は訊いた.
男「本当にそれだけなんですか?」
有光は答えた.
有光「ああ.警察じゃ単なる家出だと決め込んじゃってるもんさ. ま,それだけ犯罪の証拠が何一つ残されてないって事だ.嫌な事件だよ.」
外では女が踊り,男達がシンナーを吸い,騒いでいた.
男「警察じゃあ,どうして家出だと決め込んじゃったんですか?」
有光は冷笑しながら言った.
有光「親達からたっぷり銭もらって遊び呆けてる君達には, 説明してもわからんだろうなあ.」
外ではまだ乱痴気騒ぎが続いていた.
有光「消えた娘さん,17になるやならずの歳で, 家族四人の生活を支えてたんだぜ.」
男は無言.矢野は外を見た.まだ乱痴気騒ぎが続いていた. 矢野は胸糞悪そうにしていた.
男「生活の重みに耐えかねて家出したってわけ.」
矢野は男の背中を叩いた.
矢野「お.洒落た事言ってくれるじゃないか.貧乏の味も知らないくせによ.」
男「で,お宅達は単なる家出じゃないって考えてるわけですね.」
矢野「そうよ.でなきゃ, こんなとこまでのこのこ出かけてくるわけないだろうに.娘が蒸発した日の夕方, 変な野郎がちょろちょろしてやがったって情報をつかんだんだ.」
男「そいつがハーケンクロイツのペンダントをしていたって男ですか.」
有光「そう言う事だ.オートバイに乗って若い女を物色していたらしい.」
男「じゃ,変質者による性的な犯罪ってわけだ.」
有光「まあな.」
男「じゃあ,女は既に強姦され,殺されてしまってるかもしれない.」
矢野「それならそれで死体を見つけ,犯人をとっつかまえてやるだけさ.」
有光は男をじろっと睨んだ.
矢野「どうした.まだ腑に落ちない事でもあるのか.」
男「ええ.だってお宅達事件屋でしょう.ならただで仕事するわけがない. かと言って17でしたね,そんな年齢の娘を工場に勤めにやるぐらいじゃあ, 親が金持ってるわけないし.」
有光「銭は依頼者から取ると決まっちゃいないのさ. 場合によっては犯人からだってふんだくる!」
男は黙って勘定を済ませて出ようとしたが
男「ペンダントをぶらさげてるって事以外に, 何かその男の特徴でもわかっちゃいないのですかい.」
有光はにやりと笑いながら言った.
有光「そいつばかりは教えるわけにはいかんなあ. 捜査上のマル秘事項って奴でねえ.」
男は去ろうとしたが,有光が肩を叩いた.
有光「ペンダントの男さ,思い出した事でもあったら,ここへ連絡してくれ.」
有光はチャンピオンのマッチを渡した.
有光「俺が有光で,こっちは矢野って言うんだ.どっちかは必ずいるよ.ま, 真犯人だったらたんまり謝礼を弾むぜ.」
男は去って行った.それを見送ってから.
矢野「くっそう.ぬけぬけととぼけやがって.有光さん,野郎, 絶対心当たりありますよ.」
有光「だから一発はったりをかましてやったさあ.」
矢野「揺さぶりですか?」
有光「ああ.奴の口から俺達がネタをつかんでホシを追ってると知ったら, 本ボシだったら必ず動き出す.」
矢野「捜査上のマル秘事項か.は.それにしてもかましもかましたりだ. こっちはペンダント以外には何一つネタらしい物は握っちゃいないのに.」
有光と矢野は大笑い.外では女が男ことてつやに薬をねだっていた.

てつやはバイクでマンションに戻った.そして少女の部屋のドアを開け, 中を覗いた.

てつやが電話をかけたのはその日の夜だった.生憎,有光は不在. 矢野が独りで指定の場所へ行く事になった.そこはディスコだった. 矢野はウィスキーを頼むと,そこへてつやに薬をねだった女が声をかけてきた. てつやは来ていなかった.女は, ハーケンクロイツの男がてつやの知り合いだと言い, 今頃どこかでマリファナパーティーをやっていると言った. 矢野はそこへ連れて行ってくれと頼んだ.女は矢野が独りで来た事を確認した. 女はバッグをとってくると言って出て行った. 矢野はバーテンから女の事を訊いた.女はここの常連でりかと呼ばれているが, それが本名かどうかはわからない.矢野はチャンピオンのマッチを渡し, バーテンに有光への伝言を頼んだ.女と先に行ったと. 矢野は女と一緒に外へ出た.女は矢野を路地裏の古ぼけた小屋へ連れて行った. 矢野は独りで中に入った.だがマリファナパーティーが開かれている様子はない. 矢野は落ちている吸殻を調べた.マリファナだった.その瞬間,網が落ちてきた. 罠だったのだ.矢野は男達に捕まってしまった.

その頃,有光は矢野からの伝言を訊いた.
有光「男じゃなくて女か.」
有光はバーテンにいくらか渡し,女の特徴を尋ねた.

一方,矢野は吊るされて拷問を受けていた.そこへてつやが登場した. てつやはりか達に薬を渡した.するとりか達は去って行った. てつやは矢野に例のペンダントを見せつけた.
矢野「き,貴様.」
てつや「全て俺が仕組んだ罠さ. マリファナ欲しさにどんな事でもする馬鹿な連中を使ってねえ.」
矢野「し,しかし,なぜ.」
てつや「たかが貧乏人の娘が一人消えたぐらい,とりたてて騒ぐ奴もいない. 警察だって型通りの家出人捜査でお茶を濁して終わりだと思ったんだ. お前達が俺を犯人だと知って追っていると聞いた時には, さすがにぎくっとしたぜ.」
てつやはナイフを取り出して笑った.そして矢野の腕に傷をつけた.
矢野「覚えてろ.女をどうした.ばらしたのか.」
てつや「そんなもったい無い事はしないよ. ちゃーんと餌を与えて飼ってあるよ.」
矢野「くっそう.そんな事して.覚えてろよ.」
てつや「お前は死ぬんだよ.体には血が一適もなくなって. ミイラみたいになって.」
そう言っててつやはせせら笑った.矢野から血がどんどん出てきた. てつやは有光にも墓場を用意してあると言って去って行った.

さて有光はりか達の根城に潜り込み,矢野の行方を尋ねた. りか達は抵抗したが,有光の敵ではなかった.

そして矢野は助け出された.隙を見てりかが逃げ出そうとしたが, 有光に捕まった.
矢野「有光さん,奴が真犯人だったんだ.」
有光「奴って.」
有光はてつやの事を思い出した.
有光「まさか!」
矢野「そのまさかなんだ. さらった娘をマンションでペット代わりに飼ってるって, てめえの口からぬけぬけと吐きやがった.」
有光はりかに尋ねた.
有光「おい,奴の住んでるマンションはどこだ.どこなんだよ. 知らないとは言わせないぞ.言え.」
りか「本当だよ.名前だっててつやって事しか知らないんだ.親が金持ちで, どこに住んでいるのか関係ないのさ.お互いに聞きもしないぜ,あたし達は.」
有光「じゃあ,連絡とりたかったらどうするんだ.どうするんだ.」
りか「何となく溜まり場で落ち合うのさ.それだけなんだよ.」
有光はりかをぶん殴った.

その頃,てつやはマンションに戻っていた.そして少女の様子を鍵穴から覗いた. 少女はまるで犬や猫が物を食べるように皿の中のパンや牛乳を食べていた. 後ろ手に縛られていたから.その様子を見ながらてつやは笑った. そしてドアを開け,中に入った.そして鞭を取り出し,少女をひっぱたいた. 叫び声を挙げる少女をてつやは何度も何度もひっぱたくのであった.

有光はオートバイに乗り,矢野は自動車に乗って溜まり場にいた. そこへてつやがやって来た.張り込みを始めて四日目の事だった. 早速有光と矢野の追跡が始まった.てつやは新宿の街を逃げ回った. 地下道の階段を降り,歩道橋を登る等しててつやは逃げた.だが, 有光にもそれぐらい朝飯前だった.遂にてつやは多摩川の川原に追い込まれた. 激しく格闘する有光とてつや.矢野も合流し,てつやは捕まった.

有光はてつやのマンションへ行き,気絶している少女の縄を解いた.
有光「おい,助かったんだよ.おい,君は助かったんだよ.」

有光と矢野は少女を車の中に残し,てつやを連れててつやの親元に乗り込んだ. 慰謝料3000万円と手数料1000万円を合わせ,合計4000万円を有光は要求した. 払わなければてつやは刑務所行きだ.てつやの父親は要求を呑み, 4000万円を現金で有光と矢野に渡した.

少女を送る車中で
矢野「くっそう.金なんかどうでもいいんだ.あの野郎, 刑務所に叩き込んでやりたかった.」
有光「俺だって同じだ.だがな,警察に突き出したところで, 結局は裁判にもならずに…まあ,この娘のためには慰謝料でもとってやる事しか, 俺達にできる事はなかった.」
少女は茫然自失としていた.そんな少女に有光は札束の包を渡してやった. 少女は涙を流していた.有光と矢野はそれを見る事しかできないのだ.

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東平 洋史 E-Mail: touhei@zc4.so-net.ne.jp