第十七回

杏子と有光の再会
ホンコン慕情

脚本:石松愛弘 監督:手銭弘喜

アパートで有光はシケモクを吸っていた.窓を開けると幼稚園児達の姿が. そして牛乳を飲もうとしたが中身は空っぽ.パンを食べようとしたが, 腐っていたらしく変な臭いがした.仕方無く有光は部屋を出ようとしたが
男(河原崎長一郎)「あの,失礼ですが,有光さん?」
有光「ええ.」
男「はじめまして.私,武井と申します.」
男こと武井は名刺を取り出して有光に渡した.一体何の用で来たのだろうか?

有光と武井は外の公園で話をした.
武井「実は私,休暇を取りまして日本へ帰ってきて, 休養がてら旅行していたんですが,その旅行先で杏子さんと知り合いましてねえ. 率直に申し上げますが,杏子さんを一目見た時,私, 結婚するならこの人だと思い決めました.」
有光の動きが止まった.
武井「それでこの半月,信州に腰を落ち着けて, 杏子さんとお付き合いしてきたんですが,杏子さん,なかなか, プロポーズを受けてくれません.私が本当に嫌われているんでしたら, 諦めようがあるのですが,どうもそうでもないらしいので,どうしたもんかと. まことに不躾なんですが,有光さんが親しくしてらしたもんだと, わかったもんですから.」
有光「僕達はもうとっくに他人ですよ.」
武井「知っています.杏子さんもそのつもりらしいんですが, やはり他の男と結婚するとなると踏み切れないようで.」
有光はうんざりして言った.
有光「彼女の事はもう聞きたくない.」
武井「しかし,女性は男のようには.特に杏子さんの場合は. 失礼ですがあなた方の事は調べさせてもらいました.」
有光「もうたくさんだ!」
武井「あ,お待ちください.失礼は重々お詫びいたします. ただ杏子さんの気持ちをあれほどとらえた男性がどんな方かと. 事情を知らなければ杏子さんを攻め落とす事は出来ないと思いましてねえ.」
有光は振り返った.
武井「お目にかかって勇気がわいてきました.私は近々香港へ帰りますが, 杏子さんを承知させるまではアタックは続けます.」
有光「頑張ってください.」
武井「ありがとうございます.それを伺って安心しました. 有光さんもお元気で.」
武井は握手しようと右手を出した.有光は無言で握手した. そして有光は立ち去った.

暗黒街の卑劣な罠によって幼馴染の同僚刑事の村木を殺させ, 謂れ無き十字架を背負わされた有光は,村木の妹杏子を愛するが故に真実を隠し, 永遠の別れをしなければならなかった.が, 杏子の求愛者武井という男が現れたという事は…

チャンピオンに杏子が現れた.大沼は喜んで出迎えた. 杏子は今朝出てきたばかりだという.そして香港へ行くと言う. 何も知らない大沼は愛想を振り撒いた.
杏子「あたし,もう帰って来ないかもしれない.」
それを聞いた大沼は驚いた.大沼の入れたコーヒーを飲み,美味しい, と杏子は言った.大沼は有光を呼びに行こうとしたが, 杏子はすぐ出るからいいと言った.そして去って行った.

大沼は慌てて有光のアパートへ行った.
大沼「今ね,杏子さんが来たんですよ. そんで今日午後2時45分のアリタリア航空で香港へ行くと言ってるんですよ. 今だったら未だ間に合いますよ.行ってやってくださいよ.有光さん. 彼女があたしの店に来たのはね,有光さんに会えると思ったからですよ.」
有光の答えは.
有光「もう済んだ事だ.」
大沼「何でもねえ,彼女はもう帰って来ないかもしれないって行ってるんですよ. ねえ.一目だけでも会ってやってくださいよ.」
有光「その必要はないよ.」
大沼「どうしてそんな.いつまで昔の事にこだわってるんですよ.」
有光「彼女は全てを忘れるために香港に行くんだ. 向こうで幸せになれるかもしれない.」
大沼には意味がさっぱりわからなかった.
大沼「香港で幸せに?」
有光はタバコを吸ったままだった.

そして杏子はアリタリア航空の飛行機に乗った. 杏子はタラップで一度振り返った.そして飛行機に乗り込んだ. 羽田空港には有光がいた.杏子はこれほどまで有光を愛し, 彼の胸に抱かれたいと思った事はなかった.だが, 有光が兄の死について真相を語ろうとしない胸の奥に深い事情がある事を察し, 一人香港へ旅立つのだった.

そんな時,仕事が入った.それは塚本という男からの物だった. 品物が届いたと思ったらまがい物ばかり. 輸入会社に問い合わせてもラチがあかなかった. 塚本は輸入会社に前金で3億円も支払っていた.ところが, 輸入会社は責任をとろうともしないし,前金を返そうともしなかった. それを取り返すのが今回の仕事だ.輸入会社の名前は北星商事. この3年ばかりで伸びてきた会社だ. 有光と佐竹は塚本と一緒に北星商事の事務所へ行ってみたが, そこは既に別の会社ジャイアント商事に変わっていた.有光は思い出した. ジャイアント商事は武井の勤めている会社だ. ジャイアント商事の事務員はこう言った.北星商事には随分と貸しがあり, 期限が来ても返さなかったので抵当に入っていた事務所を差し押さえたのだ. どうやら北星商事は倒産したらしい.
佐竹「おかしいな.倒産したんだったら, そんなに簡単に抵当物件が押さえられる筈はないんだ.」
事務員「どういう意味です?」
佐竹「いや,北星商事には, お宅と同じくらいこの塚本さんにも権利があるという事ですよ.」
塚本「北星商事の人はどこ行ったんです?」
事務員「さあ,知りませんな.」
ここで有光が口を開いた.
有光「ここに武井さんと言う人はいませんか?」
事務員「武井? いや.」
有光「確か,香港の駐在員と聞いたんだがねえ.」
事務員は目を白黒させた.佐竹と塚本は突拍子のない質問の内容に困惑した. そこへジャイアント商事の社長が現れた.社長は武井の事を説明するため, 有光達を社長室へ入れた.
社長「武井とはどういう知り合いで?」
有光「いや,ちょっとした友達ですよ.」
社長「ちょとしたね.へ,へ,へ.もっと詳しく説明してくれませんか.」
有光「私が武井さんの知り合いでは何か都合の悪い事でもあるですか?」
社長「いや.へ,へ,へ.お答え頂けませんかなあ.あんた, 武井とはどういう知り合いなんで?」
有光は無言で社長を睨みつけた.
社長「教えていただけませんか?」
有光「答える必要はないでしょう.」
有光達は去って行った.

佐竹「武井ってどういう男なんだ? よう,俺にも言えない訳でもあるのか?」
塚本「あのう,その人,ジャイアント商事の香港駐在員と仰ってましたねえ.」
有光「ええ.」
塚本「私の騙された北星商事の男も, やっぱり武井と言って香港支社の人間でした.」
何と言う偶然だろうか.それは兎も角,有光達を尾行する人物がいた. 有光達は喫茶店に入った.そして有光は塚本に武井の名刺を見せた.
有光「武井雄二.名前も同じだ.」
佐竹「ほう.で,年恰好は?」
塚本「35,6.一見真面目そうなおとなしい男で私もまんまと.」
佐竹「どうなんだ?」
有光「堅い奴なんだ.」
佐竹「どういう知り合い?」
有光「杏子に惚れてる男ですよ.」
佐竹「杏子さんに?」
有光「ええ.」
その時,佐竹と有光は鏡を見て,自分達を尾行している人物がいる事に気づいた. 塚本「北星商事のあの男がなんでジャイアント商事に.」
佐竹「どうも臭い.調べてみる値打ちはありそうですな.」
塚本「頼みます.このままじゃ我社は倒産だ.死んでも死に切れません.」
有光は立ち上がり,尾行者の席へ行き,尾行者の足をわざと踏んづけた. 有光は白々しく謝り,外へ出た.有光は赤電話でどこかへ電話した後, 男達をパチンコ屋に誘きよせた.男達は拳銃を突きつけ,顔を貸せといった. そして工事現場で男達は有光を脅した.だが隙を突かれて有光の反撃を受けた. 電話で呼び出されていた矢野も加勢し,一気に形勢は逆転.
有光「何でこんな真似をするんだ.聞かせてもらおうか. 俺が武井の名前を出したからか?」
男「知らん.」
矢野「いいかげんにはいちまいな.痛い目見るだけそっちが損だぜ.」
矢野は男をぶん殴った.だが男は舌を噛み切って死んでしまった.

塚本は首を吊って「自殺」した.有光は大沼からその事をしらされた.
有光「自殺じゃないな.」
大沼「え?」
佐竹「そうだよ.自殺する気なら俺達に金の取立を頼む訳がないもんな.」
矢野「それはそうだな.」
大沼「なるほど.それじゃあ,やっぱりジャイアンツの奴らは…」
矢野「殺しまでやらかすとは随分思い切った事しやがるなあ.」
佐竹「いや,この事件の裏にはもっと深ーい深ーい裏があるな.」
大沼「裏って言うと?」
佐竹「奴らが動き出したのは武井と言う名前が出てからだ. (有光に)よ,これをどう思う?」
大沼にはさっぱり訳がわからなかった.
大沼「なんだい,その武井って言うのは.」
佐竹「北星からジャイアントへ移った奴で杏子さんに惚れてるとか.」
大沼「杏子さんに?」
矢野「それでどうなったんだ?」
佐竹「今頃香港で二人でデート中だろうな.」
大沼「香港? 有光さん!」
有光は何も言わなかった.
大沼「ねえ.放っといていいんですか. 杏子さんにもしもの事があったらどうするんですよ.」
有光は言った.
有光「香港へ行かせてくれませんか?」
佐竹がにやりと笑った.
佐竹「案外その武井って奴が鍵を握ってるかもしれないな.とんでみようか.」
矢野「香港か.俺も一つお供するかな.」
有光「いや.こいつは俺の問題ですから.」
佐竹は手を叩いた.
佐竹「俺達が請け負った事件も未だ解決してないんだ. その費用を塚本さんから預かった運用資金から出す.だから, あくまでもビジネスとしてやってもらいたい.」
大沼「依頼人の弔い合戦か.いよーし.俺もいっちょう,香港, パアッと飛ぶかな.」
だが
佐竹「沼さんは留守番.」
大沼「へ?」
佐竹「外国向きじゃないからね.矢野さんのガード頼もう.」
大沼は納得の行かない表情だ.何か言おうとしたが
矢野「任しといてくれ.」
大沼はがっかりした.

大沼と矢野はアリタリア航空で航空券を買った.
大沼「あ,前,ここに勤めていた村木杏子って人ねえ, あの人もアリタリア航空で香港へ飛んだらしいねえ.」
受付嬢「はい.一週間ほど前に.」
大沼「どこ行ったかわかんないかしら?」
受付嬢「さあ.」
大沼「誰か知っている人がいるといいんだけどなあ.」
矢野「僕達,急な用事で彼女に会いに行くんだよ. ホテルがわかるとありがたいんだけどなあ.」
別の受付嬢「彼女なら,ホテルリー・ガーデンに泊まるって言ってたわよ.」
矢野「ホテルリー・ガーデンね.ありがとう.」
それを例の尾行者が見ていた.

こうして有光と矢野は羽田空港から旅立った. 見送る大沼と佐竹を例の尾行者が見ていた.そして赤電話で報告. 有光は機内食を食べようとせず,ずっと外を見ていた. そして飛行機は香港に着いた.有光達はホテルリーガーデンに宿泊した. だが杏子は引き払った後だった.だが日本に帰った様子はなかった. 急に迎えが来て経ったのだ.どうやら武井の差金らしい. 有光達の行動は筒抜けのようだ.

翌日.有光と矢野はジャイアント商事香港支社へ行ってみた. だが武井は休みだった.有光が帳簿を裏返してみると, 「北星商事香港出張所」の文字が.
有光「ここはジャイアント商事じゃないらしいな.」
受付の事務員の顔色が変わった.有光と矢野が書類を全て裏返してみると, 「北星商事」の文字が.
有光「北星商事がジャイアント商事に早変わりか. これは一体どういう事かなあ.」
受付嬢「ワタシシリマセン.」
有光「しかし,あんた北星商事ができた頃からいたんだろう? 昨日,今日雇われたとは思えないがねえ.」
受付嬢は「ワタシシリマセン.」と繰り返すばかりだった.

公園では人々が太極拳をしていた.
矢野「やっぱりジャイアントと北星商事はグルだったんですねえ.」
有光「武井め.真面目そうな面しやがって.」
矢野「こうなったら一刻も早く杏子さんを.兎に角武井をとっ捕まえないと.」
その時,有光は尾行者に気がついた.有光は矢野に合図した. だが有光は気づいていなかった.尾行者とは別に白いズボンの男もいた事に.

有光と矢野は街中を歩き回った.そして頃合をみて走り回った. 泡食って走り回った尾行者は有光達を見失ってしまった. 今度は尾行者を有光が追いかけた.そして港で有光と矢野は男の仲間と格闘.

その頃,杏子は武井と海辺で遊んでいた.それを見ながら
矢野「あれが武井ですか.どうします?」
有光は何も言わなかった.杏子は楽しそうだった.その後, 杏子と武井はチェスをした.武井はプロポーズの答えを杏子に求めた. 武井が出たのを見てから,有光は杏子に声をかけた.杏子は驚いた. そして杏子と話をした.武井の家は豪邸だった. 有光は仕事で香港に来たと言った.杏子は元気そうだった.
有光「君,いつまでここにいるつもりなんだ?」
杏子「さあ.できたらずっといたい気もするけど.」
有光「実は俺,君を連れに来たんだ.」
杏子「あたしを?」
有光「何も言わずに帰ってくれないか.」
杏子「あたし達,もう終わってる筈よ.」
有光「わかってるよ.そんなつもりじゃないんだ.」
杏子「じゃ,どうして?」
有光は返答できなかった.
杏子「ひどいわ.」
有光「俺も蒸し返すつもりはない.だが,どうしても放って置けなくてね. 実は武井なんだが,君に相応しい男じゃないんだ.」
杏子「やめて.あなたにそんな事言われたくないわ.」
有光「わかってるよ.」
杏子「放っといて.」
有光「まあ,聞いてくれよ.」
杏子「武井さんの悪口だったら聞きたくないわ.」
有光「君は彼がどういう男だか知っているのか!」
杏子「少なくともあなたよりはね.」
有光「彼が扱っている品物がインチキだという事もか.」
杏子「インチキ?」
有光「彼はそれを承知で売りつけ,会社が倒産したと見せかけて, 責任逃れをしてるんだ.彼の為に人が死んでる.現に俺も殺されかけた.」
杏子「帰ってよ.お願い.帰って頂戴.」
仕方無く,有光は帰って行った.

武井は部屋で寝ている杏子を抱こうとした.だがやめて出て行った.

その夜.リー・ガーデンホテル中国レストランで.
矢野「いいんですか,このままで.」
有光「俺にはもう兎や角言う資格はないんだ.」
矢野「しかし,このままじゃあ,みすみす彼女を不幸に.」
有光「彼女はもう別の人間に生まれ変わった.もう俺なんかの出る幕じゃない.」

そして翌朝早く.武井が有光を呼び出した. 登山電車の駅へ有光一人で来てくれと言う.有光はその話に乗る事にした. 登山電車の駅で武井と有光は会った.それを杏子は見届け,車を飛ばした. そして有光と武井は登山電車に乗った.
武井「如何です,香港は.」
有光「素敵な町ですね.物騒なメニューもありましたがね.」
武井「杏子さんにお会いになったそうですね.見事なもんでしょう. 杏子さんもこの景色をひどく気に入ってくれましてね.」
その頃,杏子は車を飛ばしていた.そして武井と有光は電車から降りた.
武井「有光さんはいつまで香港に?」
有光「全てが片付くまでですよ.」
武井「全てとは?」
有光「聞くまでもないだろう.」
武井「杏子さんとの事だったら,ご心配なく.きっと幸せにしてみますよ.」
有光「幸せ? 君のような悪党がねえ.」
武井「悪党だからって,愛情までいいかげんとは限りませんよ.」
有光「だったら,まず罪の償いをしろ.俺と一緒に日本へ帰るんだ.」
武井「それは無理な相談だ.今香港を離れたら, 杏子さんとの間はぶちこわしですよ.」
有光「あんたが嫌でも俺が連れて帰る.文句は日本の警察で言ってくれ.」
武井は不敵に笑った.
武井「日本の警察は僕には手が出せないよ.実を言うと, 僕は日本の国籍はとっくに捨てた.武井と言う男は死んでしまって, ここにいるのは張伯元という人間なんだよ.」
有光「張伯元. そう言えばジャイアント商事の大株主にそういう名前があったな.そうか. これで読めた.あんたがボスだったんだなあ. 塚本さんはそれに勘付いて殺された.」
そこへ杏子がやってきた.たちまち格闘が始まった. 杏子は物陰からその様子を見ていた.有光優勢かと思えたが, 武井は拳銃を取り出した.形勢逆転.その時,有光は杏子の存在に気がついた. 杏子は二人の方へと近づいていった.
武井「この男が僕達の間をぶちこわしに来たんだ.わかってくれ,杏子さん.」
有光「これが武井の正体だ.良く見とくんだ.」
武井「うるさい.貴様さえ,急がなければこんな事には.」
杏子は二人の間に割って入った.杏子は有光を庇っていた.驚く武井, そして有光.勝負は決した.有光は武井に近寄っていった.
武井「寄るな.寄るな.」
有光は武井から拳銃を取り上げ,しばらく武井を睨みつけた. 敗北感にうちひしがれる武井.真実を知って愕然とする杏子. 有光は武井に拳銃を返した.そして有光と武井は別々の方向へ去って行った. その時,銃声が聞こえた.武井が自殺したのだ.慌てて駆け寄る杏子, そして有光.杏子は黙って去って行った.彼は杏子に救われ, そして彼女の幸せを奪った.杏子がどんな思いを残してどこへ行ったか, 有光はもう知ろうともしない.自分の行く末さえ定かではない有光洋介であった.

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東平 洋史 E-Mail: touhei@zc4.so-net.ne.jp