第四回

覚醒剤密売組織に狙われる.
愛憎悲歌(エレジー)・有光洋介

脚本:松田寛夫 監督:富本壮吉

有光は悪夢を見ていた.杏子が有光をなじる夢だ.
杏子「でも本当の事なのね.あなたはその手で,あたしの, あたしの兄を殺したのね.その手で…」
あの事件の新聞記事が画面いっぱいに広がった.有光は自分の手を見た. そこまで見て有光は夢から覚めた.有光は自分の手を見た. 思いは自分の手で断ち切った筈だった.だが有光はやはり杏子を愛していた. そこへ電報が届いた.それは孤児院からの報せだった.
有光「カオルキトク スグコラレタシ」
有光は慌てて出て行った.それを三人組の男達(岡部健,室田日出男, 大木正司)が車の中から見ていた.三人組の一人安井(室田日出男)は有光を尾行. 残りの二人は有光の部屋に侵入し,家捜しした.彼らは何かを探しているらしく, 蒲団を破ったりしていた.

有光は佐竹と会っていた.有光は佐竹から金を受け取っていた.
佐竹「礼を言うには及ばんぜ.取材費の前渡しだからな. そのうち利息分も含めてたっぷりこき使ってもらうよ.」
それを有光を尾行していた安井もしっかり見ていた. 安井は赤電話で仲間に連絡をとった.物はみつからなかったと言う. 安井は有光を逃がしっこないと明言し,そっちもしっかりやれと言って, 電話を切った.

有光は東海道本線の電車に乗っていた.有光とかおるとの出会いは5年前. 有光が刑事に昇進したばかりの頃だった.権堂に狙撃された車の中から, 有光が救出した赤ん坊がかおるなのだ.男も東海道線の電車に乗っていた.

その頃,安井の仲間は矢野と明子が出たのを見届けてから, 矢野のアパートを家捜し.さらに安井の仲間は佐竹のマンションも家捜しした.

有光は孤児院のシスター(真屋順子)に会った. 安井も孤児院のすぐそばまで来ていた. 有光は孤児院でかおるの世話をする杏子と出くわした. 杏子は毎週のように来ており,かおるも杏子になついていた. シスターはかおるに呼びかけた.かおるは目を覚まし,有光の姿を見た. かおるは流感をこじらせ,肺炎を併発していたのだ.

さてチャンピオンでは明子が店を手伝い,矢野がカウンターに座っていた. そこへ佐竹がやってきた.大沼は驚いた.どういう風の吹き回しだい, と言う大沼に,佐竹は,風は風でも不景気風だ,と答えていた.
大沼「それはこっちとら同じだい.この物価高ではねえ.」
佐竹「物価高なんてもんじゃない.空き巣にやられちゃってねえ.」
それを聞いた大沼は驚いた.そして大沼は矢野と明子の方を見た. 矢野と明子も驚いていた.
佐竹「それもただの空き巣じゃない.まったくきちがいじみた奴でなあ, 何一つとらないで部屋中ぐっちゃぐちゃだ.」
矢野「じゃあ,俺んとこと同じだ.」
佐竹は驚いて矢野の方を見た.
明子「部屋中,みんな.」
大沼「こりゃ,きな臭いなあ.」
矢野「どういうわけだい.」
佐竹「偶然の一致にしては出来過ぎだなあ.」
大沼「有光さんに相談してみようか?」
佐竹「今旅行中だ.」
大沼「旅行?」
矢野「何処へ?」
佐竹「聞かなかったなあ.何処へ行くとも,何しに行くとも.」
矢野がタバコを吸っていると
明子「ねえ,有光さんのとこも空き巣にやられてるかもしれないわ.」
矢野「え?」
大沼「そりゃあ,考えすぎだよ…まてよ.」
佐竹「確かめてみる値打ちはあるな.」

というわけで佐竹と矢野は有光の部屋へ行ってみた.予想通り, 有光の部屋もぐちゃぐちゃにされていた.

さてかおるは病院へ搬送されていた.医者は輸血の用意をするように, 看護婦に命じた.かおるの血液型はB型RH+.
有光「僕はB型のRH+です.お願いします.」
杏子は有光の方を見た.そして有光は自分の血液を献血.杏子は思い出していた. かつて有光がまだ現職の刑事だった頃, そして杏子が有光とまだ愛し合っていた頃, 杏子は有光に連れられてかおるを訪れた.有光はかおるを抱き上げ,言った.
有光「杏子姉ちゃんだよ.」
杏子「こんにちは,かおるちゃん.」
かおる「こんにちは.」
有光はシスターに杏子を紹介した.そして有光と杏子はかおるを連れ, 遊園地へ行った.その事を思い出し,杏子は思った.今, 杏子が目の当たりに見ている有光の姿は例えようもない優しさに満ち溢れていた. その優しさは杏子の情にある種の戸惑いを呼び起こしていた. 杏子にとって有光は,あくまでも彼女の愛を裏切り,兄を殺した冷酷な男, 忌まわしき悪徳刑事であるべき筈の男だった.かおるの傍らには, かおる愛用の人形が置いてあった.

さてその夜.空き巣事件について,佐竹にはまるで検討がついていなかった. 肝腎のホシの検討がつかなかった.そこへ安井の仲間がやってきた. 大沼は準備中だと言ったが,安井の仲間は構わず中へ入って来た. 矢野も咎めたが,男の仲間は入って来た.ボス格の男中野(岡部健)が, 中を探してみろと仲間に命じた.男達は椅子を切り裂き,金庫を探し回った. そして
中野「物をどこへやった?」
大沼「物? 何の事言ってるかわかりゃしねえ.それよりどうしてくれるんだよ, おい.借金してようやく開いた店じゃないか!」
大沼は中野にぶん殴られた.矢野は拳銃を突きつけられていたので, 身動きできなかった.中野は佐竹に短刀を突きつけて言った.
中野「物をどこにやったって訊いてるんだ.」
佐竹「しらねえな.なんだい,その物ってえのは? 教えてくれよ. 事と次第によっちゃあ,相談に乗るぜ.俺,週刊スキャンダル, 佐竹ってえんだ.調査はお手のもんでね.」
佐竹は名刺を出したが
中野「どうでも知りたきゃ有光に訊け.」
皆,中野の方を見た.
中野「野郎が物を横取りしたんだからな.」
そう言い放って男達は去って行った.大沼は弁償しろと言ったが, 拳銃を持っていた男に殴られた.矢野は拳銃を持っていた男を殴った. 中野達はその男を車に乗せようとしたが,矢野に引き摺り下ろされてしまった. 仕方無く中野達は方針を変え, 矢野に引き摺り下ろされた男を撃ち殺してしまった.

大沼は事件を通報した.吉川と主任が現場にやってきた. 吉川と主任は大沼に話を訊いた.だが大沼にはさっぱり検討がつかなかった. だから「わからねえ」と答えるより他なかった.だが
吉川「とぼけるんじゃねえ.人間一人殺されてるんだ. 何もかも知らんで通せると思ってるのか!」
大沼は怒った.
大沼「おい.おい! あんたねえ,俺達を何だと思ってるんだよ. 俺達ぁ被害者だぞ.え.借金してやっとこの店建てたんだ.それを見てくれ. 滅茶滅茶にされてよ.け.こっちとらねえ,銭になるんだったら,強盗だって, 殺人だってやってらあ!」
この啖呵が吉川達警察の心証を悪くした.
吉川「何! まだぬけぬけと.いいかげんにしろ!」
そこへ草刈がやってきた.大沼達が何も喋らない事を知ると
草刈「それならもういい.既に判っている.」
大沼達は驚いた.
草刈「指紋照合の結果,さっき殺された男の身元が割れたんだ.前科六犯. 四課でかねてから内偵中の, ある覚醒剤密輸グループの一員と目された奴だった.」
大沼達は驚いた.そして佐竹は中野の言葉を思い出した.
中野の声「どうでも知りたきゃ有光に訊け.野郎が横取りしたんだからな. 俺達の物.」
草刈「当然,今夜の事件は覚醒剤を強奪された密輸グループが, 奪い返しに来た結果と見ていいだろう.」
吉川「じゃあ,こいつらが覚醒剤を?」
それを聞いた大沼達はあまりの展開に言葉を失った. 草刈は大沼達の連行を指示した.覚醒剤不法所持の容疑でだ. 大沼達が連行された後
草刈「有光が最近奴等とつるんでると報告したのは確か君だったな.」
吉川「は.」
主任「とすると,有光がこのヤマに絡んでると言う可能性も, 案外有光が主犯と言う線も.」
草刈「考えられるな.吉川,至急洗ってみろ.」

有光を尾行していた安井は病院の前から電話をかけていた. そして安井は中野から尾崎が死んだ上に物が見つからなかった事を聞かされた. と言う事は有光にじかに当たるしかない,と安井も中野も判断した. 中野は安井に自分も合流するといった.

その頃,有光はかおるの看病をしていた.シスターは有光の体調を気遣い, 半ば強引に看病を交代した.有光は杏子と話をした.
杏子「なぜお兄さんを殺したの?」
有光は何も答えなかった.
杏子「許せない.」
有光は何も言わなかった.
杏子「それとも,殺そうとして殺したんじゃない, あれも事故だったって仰りたいの?」
有光は何も言わなかった.
杏子「それならそれでもっと早く言って欲しかった. 恐ろしい悪徳刑事だって兄さんもそれを知られて殺したなんて, あんな酷い噂はみんな出鱈目だった,一言でもいい,言って欲しかったわ.」
有光は口をつぐみ,タバコを吸った.
杏子「あの時,その一言だけで,私は全てを信じて, あなたについていくつもりだったのよ.」
有光「一言言ってどうなる? どうにもなりゃしない.」
杏子は何も言えなかった.
有光「この手で君の兄貴を,この俺が君の実の兄貴を殺したと言う事実は…」
杏子「でも…事故なら.」
有光「事故だって同じ事さ! それとも,事故なら忘れてしまえるのかい? この俺が殺したって言う事を.」
杏子「忘れられるわ.」
有光は杏子の方を見た.
杏子「忘れられると思うわ.」
有光「いや,忘れられるとは思わない,君は.結婚したら尚更そうだ. 僕と顔を会わせる度に,君は否応無く, 自分の夫がたった一人の実の兄を殺したと言う事を思い出す. そんな毎日の生活に耐えられるのか,君は?」
しばらく杏子は無言だった.
杏子「兄さんが死んだのは事故だったのね.」
有光は無言だった.
杏子「信じてもいいのね,あなたを.」
有光は無言だった.
杏子「信じたいのよ,あたし.」
有光は振り返り,杏子の方を見た.杏子は有光に抱きついてきた. 有光も杏子を抱いた.そして二人は情事を行なった. やはり有光は村木の死について真相を語ろうとはしなかった. 杏子もまた深い事情があるのを察して,もはや尋ねる事をしなかった. 杏子はひたすらあるがままの有光を,今自分の横にいる人間としての有光全てを, 信じようと勤めていた.そして結婚したらかおるを引き取ろうと, かつて言った有光を信じる事だけが自分を今救うのだと杏子は祈るように思った. かおるの幼い命を救う事ができれば,かおると三人ならば, 全ての忌まわしい思いを断ち切って,新しい日々を再び迎えられるのだと, 祈るように思った.だが…

一夜明け,警視庁では大沼達が未だ足止めされていた. 矢野は有光が本当に覚醒剤に手をだしたのではないかと疑心暗鬼になっていた. 大沼は有光の安否を心配したが,佐竹は大丈夫だろう, 大枚貸したから死なれちゃ困る,と言って大沼の顰蹙を買った.
大沼「ふん.俺も人様に銭を貸す身分になりたいよ. 店は滅茶滅茶だし,また借金だらけになっちゃったよ.」
そこへ吉川と主任が戻ってくるのが見えた.吉川は草刈に, 有光の部屋にも空き巣が入っていた事を報告.
主任「で,奴さんは?」
吉川「昨日の朝早くに出かけたっきり.でも行き先は割れてます.」

さて病院ではかおるの病状が峠を越し,かおるの命が助かった. 有光達は医師に礼を言った.元気になったら貝殻拾いに行こうと言う杏子. 有光は人形を手にとった.
シスター「かわいいでしょ.杏子さんに頂いたんですよ. かおるちゃんがとっても気に入って.」
シスターは部屋から出て行った.
杏子「兄が気まぐれで買って来てくれたんです.」
それを聞き,有光の表情が変わった.
杏子「男のくせに少女趣味だって笑ったら,いいじゃないかって, 苦笑いしてました.死ぬ前の日の夕方でした.」
そこへ電話がかかってきた.電話をかけてきたのは中野. 中野は有光に電話を変わらせた.有光に物を返せと言う中野. 有光は何の事だかわからなかった.中野はとぼけても駄目だ, こっちから丸見えだと言った.そして
中野「そう.おめえが今持っているその人形よ.俺が薬を仕込んで, 運び役の村木って刑事に渡した人形だよ.」
それを聞いた有光の表情が変わった.
中野「そいつをおめえが村木をばらしてふんだくった.」
有光は電話を切り,人形を見た.事情を尋ねる杏子には何も答えず, 有光は外へ出た.

有光は海岸に出た.中野達は車に乗り,有光のいる漁港へやってきた. 杏子は木の陰から様子を覗き見していた.中野が車から降り, 有光と対峙した.
中野「随分探したぜ.どこに隠してたんだ,そいつを?」
有光は答えなかった.
中野「村木の妹が持ってたのか?」
有光は無言だった.
中野「いやあ,そんな筈ねえよなあ.村木が殺されたと聞いて, 俺達はすぐ奴のアパート行って探したがなかった.」
有光は何も言わなかった.そして思い出していた.
シスターの声「可愛いでしょ.杏子さんに頂いたんですよ. かおるちゃんがとっても気に入って.」
事情を知らない杏子は事件直後にその人形をかおるに渡していたのだった.
中野「それに奴は,あいつが手を汚している事を妹にだけは知られたくねえ, とぬかしてやがった.」
有光「村木を覚醒剤の運び屋に仕立て上げたのはお前達か?」
中野は肯いた.
中野「ああ.簡単だったぜ.あいつが組織につながってる悪徳刑事だって事を, 妹にばらすと脅しただけで,言いなりになりやがったぜ.」
有光「汚え手使ったもんだなあ.」
中野「汚え? ふん.おめえよりは余程ましさ.俺達はなんぼなんでも, 惚れた女の兄貴まで,しかもてめえのガキ友達だ, そいつをぶっ殺してまで物をふんだくる程,えげつねえ真似はしねえぜ. 何て面してやがる.わからなきゃ教えてやりゃあ. デカの身分で稼がせてもらおうってんなら,俺達になしをつけなきゃ, いけねえんだよ.てめえばかしいい思いしようったってそうはいかねえぞ. 村木はその点,ちゃーんと話がわかってた.てめえは薄汚え豚野郎だ.」
有光の鉄拳がボスに飛んだ.中野はドスを引き抜き,有光に襲い掛かった. 有光をつけていた男の指示で,仲間の一人が拳銃を抜いた. 有光と中野の激闘は長く続いた.中野は何とか人形を奪い取ったが, 有光に人形を落とされた.そして中野は仲間に撃ち殺された.車が有光を襲う. 有光は車を何とかかわして行ったが, そのうち勢いあまって屋根の上に乗る事に成功.ハンドルを奪い, 車をコンクリートに激突させる事に成功した.車は炎上. 有光は人形を手に持ち,燃える車に近づいて行った. そして人形を車の中に放り込んだ.物陰から見ていた杏子は思った. 虐たらしく死んで行った人々. 有光はその忌まわしい人々とつながりを持っていた. 有光を信じようとした自分と杏子は今惨めにも別れを告げねばならなかった. 杏子と入れ替わるようにして草刈達が有光の元にやってきた.

有光は黙秘を貫いた.杏子に事実を報せるよりは, 自分が無実の罪で刑務所に入ることの方がましだ. それが唯一の杏子への愛の証だった.杏子がやってきた.
草刈「私はこの男を覚醒剤取締法違反で送検するつもりだった. しかし,この男が奪ったと思われる覚醒剤は既に現物は始末されたと見えて, どうしても発見できないんでねえ. それに奪われたと証言すべき密輸グループの男達は君も知っての通り, 今日全て死んでしまった.」
主任「つまり,みすみす有罪とわかっていながら, 我々は覚醒剤取締法違反に関する限り,もはやこの男を追及できなくなった. 君が証言してくれれば,この男が連中の口を塞ぐため追い詰めて殺したと, 証言してくれれば,少なくとも殺人罪で送検する.有罪に持ち込む自信がある.」
草刈「さあ,はっきりと言ってくれたまえ.君の目撃した通りの事を.」
主任「なぜ黙ってる? この男は君を裏切り,君の兄さんを殺した卑劣な男だ. 暗黒街で金で雇われた悪徳刑事だった.それを知って, 友達のよしみで秘かに忠告した君の兄さんを,この男は平然と殺したんだ. 例え君の証言が今度こそこの男を死刑に追い込む結果になったからと言って, 君にはためらう言われは全くない.さ,事実をありのまま証言したまえ.」
杏子は無言のままだった.
主任「この男が連中を殺そうとした.そうだね?」
杏子はこう言った.
杏子「いいえ.殺そうとしていたのはあの男達の方でした. 少なくともあたしにはそうとしか見えませんでした.」
草刈「君はまだこの男をかばっているのか?」
杏子「誤解しないでください.あたしはかばっているんじゃありません. むしろ,今は憎んでさえいるんですから.」

大沼達も釈放された.謝る有光に
矢野「いやあ,謝る事はないなあ.俺達の方こそ,あんたに借りばかりだ.」
大沼「それにね,誰もあんたが覚醒剤に手を出したなんて考えちゃいませんよ.」
佐竹「それは当然.しかし,こらまた飯の種にはなりそうもねえな.」
大沼は笑った.

有光は孤児院でかおる達と遊ぶ杏子を見た.杏子もそれに気がついた. かおるには新しいお人形が渡されていた. 有光と杏子はしばらく見つめあっていたが,有光は目を外らし, 海の方を見るのであった.

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東平 洋史 E-Mail: touhei@zc4.so-net.ne.jp