第三回

宝石密輸事件を解決する.
悪名悲歌(エレジー)・有光洋介

脚本:神波史男 監督:富本壮吉

不況の厳しい風は日雇い労働者に容赦なく吹いていた. 相変わらず有光の生活は苦しかった.有光は, 時々アリタリア航空事務所の前へやって来て杏子の姿を見ていた. 杏子はそれに気がつきながらも有光から目をそらしていた. 有光と杏子,二人の中には各々熱い炎が走るのだが, 必死にそれを押し殺すしかなかった.

さて有光がチャンピオンに来ていると, そこへ風間義一(川地民雄)という男がやってきた. 風間は刑務所を半年前に出たばかり.チャンピオンに来た目的は, 矢野と会う為.風間は大沼に,今でも矢野と会っているかどうかを尋ねた. だが大沼は矢野とはしばらく会っていないと誤魔化した. 続けて風間は有光に向かって言った.昔有光に捕まった仲間が, 例の村木殺しの事件を新聞で知って大喜びしていたと. 風間が去ってから有光は大沼に風間の素性を尋ねた. 風間は元は矢野と一緒に戦った事もあるボクサーだったが, 今はプロはプロでも金庫破りのプロにまで落ちぶれていた.

遂に風間は矢野を探し出した. 風間は大沼が矢野と風間を引き合わせたくなかった事を見抜いていた. 風間は話があるといい,矢野のアパートに上がりこんでいた. 丁度矢野の情婦の明子が喫茶店のレジの仕事へ行くところだった. 明子が出かけた後,風間は矢野に, 明子に食わせてもらっている生活からおさらばして, 一発当ててみる気はないか,と言った. 矢野は風間が持ちかけた話が金庫破りの山である事を見抜いていた. 実はそれを明子が外で立ち聞きしていた.人がやってきたので, 仕方無く明子は出て行った.風間は図面を広げながら言った.
風間「これはなあ,俺がこの前挙げられる前にがっちり調べた山なんだ. ここの社長は不良外人と組んで密輸宝石をやってるんだ.」
矢野「密輸か.」
風間「どうせ汚えもんだから,がっちり頂けば捌くのも楽だってよ.どうだ. 手貸してくれねえか.」
矢野はしばらく考えた後,自分にはできない,と断ろうとした.だが
風間「俺はおめえにはでっけえ貸しがあると思ってるんだけどなあ.」
矢野の顔に緊張が走った.
風間「ま,じっくり考えてくれよ.じゃ,またな.」
風間は去って行った.

その夜.橋の欄干にもたれ,矢野は考え込んでいた.そこへ明子がやってきた.
明子「あなた.何してんの,こんなところで?」
矢野は誤魔化した.その夜の夕飯はすき焼きだった.
矢野「こんなに買って,明日から大丈夫なのか?」
明子は臨時収入だから心配しないでと言った.それを聞き,矢野は言った.
矢野「お前,今日来た男の話,聞いてたんだな?」
明子は言った.
明子「お金の事,あなたに心配して欲しくないの.だから, 駅前のアルサロで約束してきちゃったの.支度金二十万だって. とってもいい話だったから…」
矢野「その金,貰ってきたのか?」
明子「そう.あなたに相談すれば嫌がると思って.」
矢野は立ち上がり,台所にいた明子のところへ行った.
明子「アルサロって言ったって,あたしがしっかりしてれば, 別にどうって事ないわ.だから,お金の心配,当分しないで.ね.」
矢野「馬鹿野郎! 俺はお前をそんな目に遭わせるぐらいなら,何だってやる.」
そう言い残して矢野は出て行った.明子の為,風間の話に乗る事にしたのだ.

明子から大沼と有光はその事を聞いた.
大沼「畜生.風間の奴,やっぱり…」
明子は大沼と有光に矢野を早く探し出してくれと頼み込んでいた.だが…

翌日.明子の睨んだ通り,矢野は風間の話に乗り, 風間と一緒に標的の小村商事を下見していた.風間と別れた後, 雑踏の中で有光は矢野を探し出した.
有光「迷ってるのか.やめるんだな.明子さんが来たよ. あの人はあんたの事を心から思ってる.あんまり心配をかけない方がいい.」
矢野「わかってますよ.俺はやるつもりはねえんだ.」
有光「がらになくでしゃばって済まなかった. 俺は元刑事のつもりで言ってるんじゃねえんだ.」
そう言って有光は矢野と別れた.

その夜.小村商事の入っているビルの前にいた風間のところへ矢野がやってきた.
矢野「頼む.どうしても金がいるなら俺が働いて何とかするから.」
風間「お前が?」
矢野「ああ.」
だが
風間「女のヒモのお前にどんだけの金が作れるって言うんだ.いいか. 俺達みてえな人間はなあ,一生あくせく働いたって, これから手に入れるような大金はつかめねえんだ.」
矢野「だからと言って,こんな,やばいの…いずれはパクられる.」
風間「そうか.じゃあはっきり言ってやろう. 俺はあの時以来内蔵がずたずたなんだ.」
矢野は二の句が告げなくなった.
風間「ここいらででっけえ手術をしねえと長え事はねえって言われてるんだ.」
矢野は風間との試合を思い出していた.その試合で風間は怪我を負ったのだ.
風間「おい,矢野,聞いてんのか.俺は金が欲しいんだ. お前がどうしても嫌ならいいんだ.どうせガードマンなんて老いぼれだ. みつかったらやっちまえばいいんだから.」
非常階段を登る風間を見て矢野は考え込んでいた.風間に怪我を負わせた試合. そして
明子の声「お金の事,あなたに心配して欲しくないの.」
有光の声「風間の話,やめるんだな.」
その時,ガードマンの姿が見えた.
風間の声「どうせガードマンなんて老いぼれだ.やっちまえばいいんだ. どうせガードマンなんて老いぼれだ.やっちまえばいいんだ.」
遂に矢野は非常階段を登り始めていた.

小村商事の前でガードマンを見かけた風間と矢野は空部屋に隠れ,やり過ごした. 風間は小村商事のドアの鍵を開け,中に侵入.風間は金庫の鍵を開けた瞬間, 非常ベルが鳴った.風間は鞄の中に宝石を入れ,逃げた. だが矢野がガードマンに取り押さえられた. 風間はスパナでガードマンの頭を殴り,矢野を救出. 物陰でパトカーをやり過ごした後,風間と矢野は別れる事にした. 風間は宝石を換金したらすぐに連絡すると言い,矢野の行先を尋ねた.
矢野「大沼のところだ.スナックの.」
風間「デカ崩れと付き合ってるのは大丈夫だろうな?」
矢野「大丈夫だ.他に信用できる奴,いねえからなあ.」
風間は去ろうとしたが,矢野は倒れこんでしまった. 仕方無く風間は矢野をスナックチャンピオンに運び込んだ. 驚いた大沼は矢野に何をしたのかを尋ねた.
風間「どうせ明日になりゃわかるんだ.俺達は宝石をやったんだ.」
居合わせた有光はジロッと風間を睨みつけた.
大沼「それでドジを践んでこの様かい.」
風間「とんでもねえ.俺達ゃ,うまくやったぜ.」
有光は風間の胸倉をつかんだ.
有光「貴様!」
風間「お前に俺を兎や角言うようなきれいな真似はできるのか?」
有光は風間を睨みつけた.
矢野「有光さん.俺達はもうやっちまったんだ.ほっといてくれ.」
仕方無く有光は風間から手を離した.
風間「矢野を手当てしてやってくれ.俺達を売ったら, またサツに戻れるかもしれねえ.」
有光「貴様一人でずらかるつもりか!」
風間「馬鹿野郎.俺はおめえみてえに汚え人間じゃねえ.」
風間は鞄を持って去って行った.
矢野「すまねえ.これは風間だけのせいじゃねえんだ.俺だって, でっけえ金が欲しかったんだ.」
大沼「有光さん,すまねえが,明子さん,呼んでくれませんか?」

明子の元へ行く有光には犯罪を犯した矢野と風間の心情が痛いほどわかっていた. どぶねずみのように彼らと同じ巷の底であがきはい回る有光には, 例えそれが法に反する事であれ,彼らを警察に引き渡す事など, 思いもよらぬ事だった.

小村商事の小村社長は被害は現金のみだと言い張っていた. 翌日,新聞を見て
大沼「有光さん,これは臭いね.宝石の被害が全然ないってのは.」
有光も記事を見た.
大沼「風間の野郎が押さえた宝石,これは臭い物だと思った方がいいですよ.」
そこへ明子がやってきた.矢野の熱が上がったので薬を買って来てくれ, と言うのだ.有光は薬を買いに外へ出て行った.

その頃,吉川は怪我を負ったガードマンに前科者の写真を見せ, 風間の犯行だと言う事を突き止めていた.
草刈「よし.犯行手口から見て,この風間と断定していいだろう.」
主任「は.こいつの出所後の足取りから調べます.」
草刈「もう一人のホシだが,犯行時に風間を庇って負傷したそうだなあ.」
主任「ええ.」
草刈「昨日今日レースを組んだ奴じゃないなあ.」
草刈の指示により,吉川達は風間の前歴を調べ, そこから大沼と矢野の事を調べ上げていた.チャンピオンに吉川達がやってきた. 大沼は矢野は来ていないと主張.
吉川「元悪徳刑事とつるんでるような奴の言う事は信用できねえなあ.」
大沼「じゃあ,聞かなきゃいいでしょ.知らないものは知らないんだから.」
吉川は有光に言った.
吉川「そのうちあんたもタタキかなんかやらせてもらうんだろうが, そん時は俺がぶち込んでやる.」
有光「令状持ってくれば言う事はねえぞ.」
吉川達は去って行った.大沼は矢野をどうするか有光に尋ねた. 有光は,熱が下がるまではおいとくしかねえだろう,と答えていた.

吉川はもう一人のホシが矢野に違いないと草刈に報告していた.
吉川「矢野ってのは最近,あの有光と組んでる奴です.」
草刈「有光と? しかしだからどうだと言うんだ.」
吉川「は.奴を叩けば…」
主任「風間と矢野の逃走経路をつかむ事が出来るかもしれませんな.」
草刈「君達が有光を憎む気持ちはわかるが, 全く証拠のない先入観で彼を出頭させ,尋問する事はできないよ.」

風間は古売屋に宝石の一つを持ち込み,二億円で買い取る事を要求. だが応じなかったので一億円に下げた.古売屋はまずは物を見てからだと答えた.

さて小村は宝石奪回を相談しているところへあの古売屋がやってきた. その風間は小村の相談相手とグルだったのだ.

チャンピオンに電話がかかってきた.風間に頼まれた奴だと言い, 有光を呼び出していた.有光は出て行った.だがそれは罠だった. 一味の連中はチャンピオンに乗り込み,矢野と明子を羅致した. 一方,有光は佐竹と遭遇していた.佐竹は何かあると睨んだ. さらに有光が吉川に尾行されているのを見て佐竹はますます疑念を深めた. だが有光は何も話さなかった.本当は佐竹に何もかも話したかったのだが…

矢野は一味の連中に拷問されていた.やめてという明子. 一味のボスは明子に喋ろと言ったが,明子は口をつぐんだ. ボスは明子をぶん殴った.それを見た矢野は喋る事を決意した. 矢野は風間の居場所を訊かれたが,答える事ができなかった.

有光は全てを見抜いていた.小村は密輸の宝石が盗まれた事を警察に隠し, 自分で取り返そうとした.小村に頼まれた暴力団の連中が, 矢野を羅致して風間の居場所を聞き出そうとした.矢野と大沼, 矢野と風間の関係を知っている奴からチャンピオンを探り当てたに違いない.
大沼「わかった.滝口だ.滝口って興行師ですよ.昔,拳闘に絡んでた. どうします?」
有光「風間は必ず連絡してくる.今はそれを待つしかねえ.」
大沼「そんな事言ったって…」
有光「苦しいが,それが一番近道だ.」
その頃,矢野と明子は監禁されていた.ボスは有光を使う事を考え出していた.

有光と大沼は風間の連絡をじっと待っていた.矢野と明子の苦しみを感じながら. 翌朝になって電話が掛かって来た. 電話をかけてきたのは滝口で有光と話をしたいと言う. 滝口は有光に一人で来いと言ってきた.出て行こうとする有光に大沼は, 気をつけろ,と忠告.有光は,切り札は風間だ, 風間から連絡が来たら必ず会う算段をつけてくれ,と大沼に頼んでいた.

有光は一味のところに乗り込んだ.明子は無理矢理歌を歌わせられていた. そして有光は杏子も羅致されているのを見た.ボスは有光に言い放った. 有光が風間の居場所を知っているかどうかは問題ではない, 翌朝8時に物を13号埋立地へ持ってこい,人質と交換にする,と. チンピラ(中井啓輔)が杏子に言った.
チンピラ「いくら兄貴を殺した野郎でも未だ惚れてるなら, お前からもよーくお願いしたらどうだい.」
続けてボスは言った.もしできなかったら,杏子も明子も矢野もどうなるか, 保証はできない,と.
有光「わかった.」

戻って来た有光に大沼は言った.風間から連絡があった, 矢野達の事を報せ,西口の公園で会う事を承知させた,と. 有光は新宿中央公園へ急いだ.宝石を渡す事を渋る風間に有光は言った.
有光「矢野や矢野の女がどうなっても, あんただけが生きりゃいいってわけだなあ.」
風間「うるせえ.てめえみてえに汚え野郎につべこべ言われる筋合いはねえんだ, 俺は.」
有光は風間を睨みつけた.
風間「なんだ,その目は.正義面しやがって.てめえ.」
風間は有光を何発も殴った.それでも有光は言った.
有光「頼む.」
大沼がやって来て言った.
大沼「風間.あんたの手術代は店を抵当に入れて何とかする.頼む.」
大沼は有光を助け起こした.遂に
風間「わかったよ.大沼,俺は人の世話にはならない.手術代の山ぐらい, そのうち一人でやるよ.行こうか,滝口のところへ.」
有光は大沼に言った.
有光「急ごう.杏子も捕まってるんだ.」

翌朝.有光,大沼,風間の三人は13号埋立地へとやってきた. 連中はまだ来ていなかった.そこへ一台の黒い外車がやってきた.一味の連中だ. 約束通り,人質を全員連れて来ていた.有光は風間から鞄を受け取り, 連中のところへ歩いて行った.連中は鞄を受け取り,物を確認. 人質はとりあえず解放された.黒い外車は発進したが, 砂地にタイヤを取られてしまった.何とか黒い外車が出て行ったが, 突然,風間が車を発進させた.やはり物を奪還しようとしたのだ.
有光「風間,やめろ.」
有光は車に飛びつき,風間を止めようとした.慌てた連中は拳銃を発射. 弾は風間に命中.有光は風間を車から降ろす事に成功した. 車は黒い外車に激突し,連中は死亡.虫の息の風間に矢野も駆け寄った.
風間「矢野.すまなかったなあ.ついちゃいねえや.」
それが風間の最後の言葉だった.それを明子,そして杏子も見ていた. 去ろうとする杏子に明子が言った.
明子「杏子さん.あなた卑怯だわ.有光さんを,有光さんを本当に好きなら, なぜ許してあげないの?」
杏子の顔は悲しみに満ちていた.そして杏子は歩いて去って行った.

数時間後,有光は吉川に事件を通報.駆けつけた吉川らは, 風間の死体と宝石類を発見.鑑識検証の末,警察の公式発表はこうなった. 内輪揉めの末,宝石強盗の犯人二名とも死亡と断定された. 吉川は有光に対して割り切れない思いを残しながらも, 矢野への追求は放棄した.小村も宝石の出所を追及され,密輸を自白した.

新宿駅西口では.
佐竹「過去の奇しき因縁に結ばれた元ボクサー二人の犯行, そして一人の悲劇的な最期.うーん,これは行けるぜ.特別よりもの優れもの. 浪花節でもお料理の仕方によっちゃあ,ヒット間違いなしと.」
大沼「またでっち上げる気か? 頼むよ.今度だけは見逃してくれよ.」
有光「佐竹さん.頼みます.」
佐竹「矢野の事を心配してるのか?」
二人は黙ったまんま.佐竹は笑って言った.
佐竹「しかし有光君よ,君も段々変わってきたな. もう少しコチコチのデカ根性が残っていたと思っていたがね. ま,兎に角俺達の書く物と言ったら, 厳正なる事実の行動とは縁遠いんだ.ま,浪花節が駄目なら, ハードボイルドでもでっちあげるか. 矢野君の事はヒーローに仕立て上げておくから,心配御無用.」
佐竹は大沼の肩を叩いて去ろうとしたが
佐竹「あ,それから勿論,杏子君の事も書きゃしねえよ.」

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