第九回

金で自由が買えるのか?
奈落ゆき汚職航海

脚本:武末勝 監督:小澤啓一

日南商事専務塚田大三郎(田中明夫),大平造船社長星野栄三, 通商庁加賀冬樹がスメリア共和国への船の取引成立を祝って乾杯していた. その席には日南商事船舶部長豊中誠一郎(中山昭二)も同席していた.席上, 加賀は検察庁がこの取引に関して動いていることを一同に伝えた. 塚田は,私の方からボロを出すことはないよ,と答えた.

豊中は検察庁から追求を受けていた.豊中は白を切ったが, 検事の追及は厳しかった.そしてある日,豊中は塚田に呼び出され, その直後,「飛び降り自殺」してしまった.

調査開始

ゴッドからの指令が出た.ベニーが皆を呼び出し,ゴッドからの指令を説明した. 豊中の「自殺」には日南商事の取引が絡んでいるに違いない.しかし, 豊中は遺書を残していた. 遺書の筆跡鑑定でも本人の書いた物であると断定されていた. 豊中は五日前から対向性鬱病で精神病院に通っていた. それも「自殺」と断定された決め手となった. あまりにも証拠がそろい過ぎている.
ブラック「こうなったら意地でも他殺にしてやるさ.」

豊中の葬儀の日,焼き場に豊中の隠し子上原みゆき(村地弘美)が来ていた. ブラックはジャーナリストと称し, 豊中の件が他殺じゃないかと疑っていると言い,みゆきに近づいた. みゆきの母親上原ゆきえは大学時代に豊中と知り合い, 結婚を意識しあった仲だったが,双方の家族の反対で結婚はできなかった. しかし別れたとき,ゆきえのお腹の中に子供がいた.それがみゆきだった. みゆきが父親のことを知ったのはゆきえが死ぬ間際. ガンで死ぬ前に一目会いたい人がいると知らされたのだった. みゆきは豊中の元を訪れ,名乗りをあげた.それ以来, 豊中は時々みゆきに会っていた.死ぬ数日前にもみゆきと会っていたが, 自殺する様子はなかった.ブラックは「何かあるんだな」とみゆきに尋ねたが, みゆきは「でも今は言えない」と答えた.

さてパンは日南商事に警備員として潜入していた. 掃除婦(石井富子)がパンを見て「どこかでお目にかかったと思うんだけど」 と不思議に思ったが,思い出せなかった. そこへ女子社員が「エアメールの用紙ない?」と現れた. パンは掃除婦に「あの人誰?」と尋ね, 彼女が豊中が自殺したときに居合わせていたことを知った.

早速マイトがその女に近づいた. マイトはその女を轢きそうになったふりをして,膝をすりむかせた. マイトは申し訳ないとすりむいたところにバンソウコウを貼ってやり, ついでにタクシー代わりに女を送った.女はホテルに入っていった.

その晩,バイクはスメリア共和国の大使館で書類をあさったが, みつかってしまった.バイクはジャガーの助けで何とか逃げ出した.

ホテルでは加賀が,マイトの送った女と情事にふけっていた.怖いの, という女に加賀は「豊中は自分の意志で死んだんだ. 警察だって認めているじゃないか.」といった. 女は塚田に言われて豊中にアンプルを渡していた. そのアンプルが原因で豊中が死んだんじゃないかという女に加賀は
加賀「あれは毒薬じゃない.精神のバランスを崩し, 暗示にかかりやすくなる薬だ.」
女のばんそうこうには盗聴機が仕込まれていた.そして女と加賀の会話を, マイトは盗聴機の受信機をダッチワイフの胸の上において 聞いていた.
マイト「しかし,お前なんちゅう顔してるんだ.」

とあるバーでみゆきがピアノを弾いていた.そのバーには星野も来ていた. ブラックがバーに入り,クラブのホステスにいろいろ聞いていた. と一人の男(大出俊)が泥酔して荒れていた.男はみゆきのところへ行き, リストを弾け,と頼んだ.みゆきはショパンの曲を弾いた. 怒ってみゆきに絡む男をブラックは殴り倒した. 男は元日南商事の顧問弁護士三田村シンだった. みゆきは豊中の死の原因を探るために三田村に近づいたのだ.

ブラックはみゆきと一緒に三田村を山中湖まで送った.みゆきは,豊中が 「自殺」する直前に春に一緒にヨーロッパ旅行をするための預金通帳を受け取り, さらに見合いの話を持ちかけられていたことをブラックに話した. 豊中が最後に訪れた日に,みゆきはあのショパンの曲を弾いていた. それだけじゃあ,状況証拠でしかないなあというブラックに, みゆきは自分宛の遺書がなかったことを他殺の証拠としてあげた. 豊中は会社の上司,今の妻,妻との子供には遺書を残していたが, みゆきには遺書を全く残していなかった.

その頃,星野にベニーが売春婦のふりをして近づいていた. 星野はベニーを迎え入れ,ホテルへ連れ込んだ. 星野が風呂に入っている隙にベニーは星野の手帳をあさり, 一枚の紙を見つけ,写真撮影した.そして,星野を置いて帰ってしまった.

一方,パンは豊中の部屋でアンプルの破片を見つけた.そこへ掃除婦が. 掃除婦はここのリネン室で眠るために会社を訪れたのだ. 子供夫婦の邪魔にならないようにだ.
パン「人間というものは悲しい生き物だ.」
この一言で掃除婦はパンのことを思い出した. 20年前に掃除婦はスリで捕まったことがあった. そのときパンが「人間というものは悲しい生き物だ.」と言って, 手錠を外したことに感動してスリをやめていたのだ.パンは,自分は辻ではない, とごまかしたが,掃除婦は,辻さんでなくてもいい, ああ私がもう少し若ければなあ,と感激していた. そして掃除婦は豊中が死ぬ前の晩に, 誰かが豊中の部屋に映写機などを運び込んでいるのを目撃したことを思い出し, パンに話した.

山中湖畔にある三田村の別荘でみゆきがリストの曲を弾いていた. その様子をブラックは盗聴していた. ブラックは由紀からもらったハーモニカを握り締め, 由紀のことを思い出していた.三田村はみゆきを見かけた時から, みゆきに興味があったと話した. みゆきは自分が豊中の娘であることを三田村に話した.三田村は驚いた. みゆきは三田村に豊中が殺された理由を探っていることを話したが, 三田村は何も話そうとしなかった.そしてチェロを演奏し始めた. ブラックは盗聴機のヘッドフォンを外し,三田村の別荘の中に入った. そして,ブラックは三田村を殴って言った.
ブラック「きれい事はもうやめろ.貴様は日南商事の汚職に関することを, 全て闇に葬った.それくらいのこと, ルポライターの俺にわからないと思っているのか. 貴様はその代償に多額の金をつかんだ.それがこの家であり,このピアノであり, このチェロなんだ.違うか.」
三田村「僕は子供の頃から作曲家になりたかった. やっとその希望がかなえられる.金で自由を買ったんだ.」
ブラックがそれに応えて言う.
ブラック「自由? 汚れて腐りかけた自由をか? そんな自由と引き換えに一人の人間が死んだ.いや,殺されたんだ.」
みゆき「三田村さん,あなた本当は苦しんでらっしゃる.自分を責めて, 責めぬいて.でなければ,あんな酔い方なさらないはずだわ.」
図星だったためか三田村はみゆきに帰れ,と言った. みゆきが出て行った後,ブラックは三田村に, 豊中がみゆきに三田村を見合いさせようとしていたことを知っていると告げた. さらにブラックは,そのことをみゆきに一言でも言ったら, お前を殺す,と三田村を脅かした.
三田村「あんたいったい何者なんだ!」
ブラック「死人さ.」

一方,マイトはあの女を昼飯に誘った.
マイト「グーなギリシャ料理があるんですよ.」
女は誘いに乗り,マイトの車に乗った.マイトは車を荒地へと走らせ, 乱暴な運転をした.女はやめてと言ったが,
マイト「やめろったって無理だよ. 僕ちゃん,一度走り出したら止められないんだ.」
マイトはアンプルのことを話せと女を脅かした.
マイト「この先は崖か.じゃあ,僕ちゃん,降りるから.」
と言ってマイトが降りようとすると女は観念した. 車は崖へ少し乗り出したところで止まった.
マイト「よしよしよし.僕って意地悪? いい子だ,いい子だ.」

ハンギング

さあハンギング開始だ.まずベニーが星野を眠らせた. マイトに脅かされて女は加賀を眠らせた.そして塚田をバイクが眠らせた.

三人が気がつくとそこは豊中の部屋だった.三人は縄で縛られていた.
スピーカーからブラックの声が流れた.「目を覚ませ.」
驚く三人の前に置かれたスクリーンに豊中の顔が映し出された.
ブラック「見た通り,船舶部長室.私の部屋だ. 塚田.加賀.星野.よくも私を地獄の責めで責め殺してくれたなあ.」
塚田「馬鹿な.豊中は自殺したんだ.」
ブラック「言葉は重宝だなあ,塚田. 自殺は自殺でも,私は自殺をさせられたんだ.」
塚田「証拠もないのにいいかげんなことを言うな.」
掃除婦にスポットライトが当てられた.
掃除婦「専務さん,あたし見てたんですよ.あの晩, その部屋になにかテレビみたいな大きなものを運んでましたねえ. あたし怖かったから黙ってたけども, 警察にしゃべくりますぞ.」
なおも白を切る三人.スクリーンに三田村がしゃべる様子が映し出された.
三田村「悪あがきはよすんですね,塚田さん.」
これには塚田も度肝を抜かれて驚いた.
三田村「私は金さえあれば自由も買えると思った. だからあなた方の汚い仕事にも手を貸してきた. 確かに物質的なものは得られましたよ.しかしねえ, 塚田さん.精神の自由までは買えなかった. 日がたつごとに憂鬱だ.気持ちが沈む.塚田さん, あんたらの悪事は全て公表しますよ.」
塚田「青二才め.やれ.やれるもんならやってみろ.豊中は自殺だ.自殺だ. 自殺だあ!」
なぜかマイトがスクリーンに登場して言った.
マイト「よーし,それじゃあ,あの温厚な豊中さんを, どうやって死に追いやったか,教えてやろうじゃありませんか.」
塚田達は疲れ果てた豊中を夜毎せめ立てていた. 豊中の部屋にスクリーンを設置し,自分達の顔を映し出し,死ね, と暗示をかけていたのだ.
パン「豊中さんを発狂寸前まで追い詰めたお前達は次に薬を使った.」
女「専務さん,あなたから受け取ったアンプルを, あたしは豊中さんに渡したわ.」
パン「そのアンプルの先をその部屋で見つけたよ.」
スクリーンにアンプルの破片が映し出された.
パン「立派な証拠物件だ.」
マイト「その薬を注射しろと命令したろう.気持ちが楽になると嘘を言って.」
ブラック「しかしその注射は暗示にかかりやすくする薬だった. そこでお前達は,豊中さんを暗示にかけた.」
暗示にかかった豊中は自分で遺書を書いた.
ブラック「そしてお前達は世にも残酷な暗示をかけた.」
豊中に窓際へ行き,窓を開けて飛び降りろ,と言う暗示をかけたのだ. これが「自殺」の真相だった.俺達は殺ってない, と開き直る塚田達にブラックの怒りが爆発した. 塚田達は日南商事のビルの屋上から吊るされたゴンドラに乗せられた. ゴンドラを吊るしているワイヤーにはバーナーが取り付けられ, 今まさにワイヤーが焼ききられようとしていた.ついに塚田達は自供した. ワイヤーは焼ききられたが,下に置いてあったマットの上に塚田達は落ちた. そして駆けつけていた警官によって,警察へと連れていかれたのであった.

その頃,三田村はチェロの弦を切っていた.みゆきに三田村は言った.
三田村「もう一度,一からやり直しだ.僕なんか音楽をやる資格はない.」
みゆき「そんなことはないわ.誰にだって, 美しい心は残っていると思うの.だから,最後の一本だけは切らないで.」
三田村「ありがとう.」
みゆき「その一本で弾ける曲があるでしょう.それじゃあ,お元気で.」
みゆきは立ち去った.三田村はバッハの曲を弾くのであった. 歩くみゆきをブラックは物陰から飲み物を飲みながら見守った. そして飲み物を飲み干すと飲み物の入っていた紙コップをくずかごに捨て, ワゴンに乗ろうとするのであった.

解説

パンの過去がさりげなく描かれていますが,今回の主役はブラック, そして殺された男の隠し子とその犯行を手助けしてしまった弁護士です. この話のテーマは弁護士がハンギングの際に語った言葉にあるのかもしれません. とても重いテーマです.

それにしても, マイトがダッチワイフの上に受信機を置いて盗聴しているシーンに流れる曲と, ブラックが三田村に「(俺は)死人さ.」と言うシーンに流れる曲が, 全く同じなのには恐れ入りました.それだけに黒沢さんのギャグが引き立ちます. 初見の際,マイトの盗聴シーンには大笑いしてしまいました. こういうギャグはブラック爆死後に顕著に表れます.

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東平 洋史 E-Mail: hangman@basil.freemail.ne.jp